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2009年10月

重量感

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 きょうはハロウィン。ケルトの人々にとっては、この10月31日が一年の締めくくりの日とか。ハロウィンは収穫祭とカトリックが結びついた祭らしい。

 デパート、菓子店には趣向を凝らしたハロウィンのグッズや菓子が出ているだろうけれども、やはり畑から収穫した重量感のある南瓜を細工してこそ味わいがあるように思う。

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23日岩手県公会堂を通りかかると、展覧会の立て看の前に南瓜が飾られていた。大きい方は径30㌢。ジャンボ南瓜は30㌔、40㌔にも育つようだ。

 この南瓜の重量感のような一日だったかどうか。

 朝目がさめるとすぐに「我が恵なんじに足れり」という言葉が浮かんだ。
 午前中は塀に絡まった蔦を、紅葉もおわり散りはじめたので、ぜんぶ引きはがしてきれいにした。枝の剪定もそうだが、こういった仕事はけっこう楽しい。塀の外回りだったので、通りかかった近所の3人の方が話しかけてくださった。

 ある方は、ガスのとろ火を消し忘れて寝入っていたところ、ガス会社から電話があり、ガスが点いたままです、と知らされた話。
 何か事故があるたびに、安全管理が叫ばれ責任が追及され対策が練られるのだが、一方いかに安全管理が行き届いた中に暮しているかの有り難さを思った。ある方は事故にあった話。ある方は来年からゴミの分別が変る話だった。何れも参考になった。

 午後は買い物がてら写真数枚を撮る。秋になったら撮ろうと思っていたダムの紅葉写真はあきらめる。ダム無用論に押されてしまったこともある。ただ出水量によっては必要なダムも多くあるはずだ。

 帰宅後、紫式部、ノウゼンカズラの枝を落とし、繁りすぎたアジサイを刈る。読書を短時間。音楽を聴く。

 南瓜の重量感とまではいかないが、一日机に座っていたり、物見遊山に歩き回るよりすこしはまともな過ごし方だったように思う。近頃は労働(と誇れるほどの労働はしていないが)に比べたなら文化の何という軽さよ、とさえ思うことがある。そして自分がどれほどに軽く過ごしてきたかを申し訳なく思うことがある。

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月夜

   庭先に見あげると雲のうえを流れゆく月

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  雲の谷間にぽっかりと漆黒の夜空そしてくっきりと月                  

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          月を遠く仰ぎみる樹木

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        ◆  ◆  ◆  ◆  ◆

   シオンのために、わたしは黙っていない。

    エルサレムのために、黙りこまない。

    その義が朝日のように光を放ち、

 その救いが、たいまつのように燃えるまでは。

          イザヤ62:1


        

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区界高原ー盛岡市から国道106号線を東に/南部鮭加工研究会ー

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区界トンネルよりも盛岡方面寄り。アメージンググレイスを口ずさむうちに、標高800に車は近づく。紅葉はフィナーレを演じつつ新たな希望を呼んでいる。雪にはまだすこし間が。白銀に輝く日を待っている。

 区界高原道の駅の隣の棟にいつの間にか「南部鮭加工研究会」が入居。

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鮭を燻製にする過程が写真に修められたパネルが。一網打尽にした鮭の内臓を取り出し塩蔵する。水分が出て身が締まったところできれいに洗い水気を取る。ここまでは私もやってみたことがあります。さらにこれを乾すと立派な新巻の完成なのです。

   寒風や新巻空に口ひらく   ぶんな

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 鮭を塩抜きし、さらに煙で燻して燻製に。

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 鮭の燻製から剥いだ皮です。

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 この皮を水に浸けて柔らかくし財布などの小物作りができるそう。2枚頂いてきました。

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 燻製に使う大鋸屑です。チップとも見えました。

 景観を楽しむのもいいですが、このような産業系の見学はまた興味深いものです。宮古市に住んでいたときには、宮古水産高校の鮭作りを見学させていただいた事があります。こちらもまた見事なものでした。叔母が鮭の絵を描くために宮古に行きたいというのでセッティングしたコースでした。 その時の鮭が、今尚叔母の絵の中に生きています。

 パネルの写真中の鮭博士(2回クリックで写真が拡大します)とは、長らく宮古水産高校に勤務、丸ごと鮭を生かす研究をされた中嶋哲先生のことで、「鮭の中骨缶詰」を開発するなど、地場産業に多大な貢献をしておられます。水産高校を訪ねたときは中嶋先生がまだ在職中でした。

 ここで燻製になっている鮭は、津軽石川か閉伊川の鮭です。

 落日が山頂にかかる北上山系の壮大なパノラマは記憶のカメラに。「盛岡デジカメ散歩写真展」のさまざまな素晴らしい写真が記憶を過ぎり(何もここで思い出さなくともよいのですが)わたしが通り一遍でシャッターを押すまでもないという気分に。

 松草に居る知人を訪ね景色を見る目的で出かけたはずが、なぜか記事は鮭の話に。

 帰りは産直に立ち寄るなどして帰宅。


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岡野貞一ー故郷(ふるさと)の作曲者ー

兎(うさぎ)追いし かの山

小鮒(こぶな)釣りし かの川

夢は今も めぐりて

忘れがたき 故郷

如何に在(い)ます 父母(ちちはは)

恙(つつが)なしや 友垣(ともがき)

雨に風に つけても

思い出(い)ずる 故郷

志(こころざし)を はたして

いつの日にか 帰らん

山は青き 故郷

水は清き 故郷

誰でもが知っている「故郷」。この曲は岡野貞一というクリスチャンが作曲している。作詞は高野辰之。1914(大正3)年、尋常小学校、第六学年用の音楽教科書に登場。岡野貞一は鳥取県鳥取市出身。14歳で洗礼を受ける。東京音楽学校卒業。同校教授。東京の本郷中央教会のオルガニストだった。「故郷」とは天国のことだと牧師から教えて頂いた。

夏目漱石は岡野貞一が本郷中央教会で弾くオルガンを聴いていたらしい。
 

滝廉太郎、山田耕筰もクリスチャン。山田耕筰は牧師の息子でした。

  ◆  ◆  ◆  ◆  ◆  

いまこんな賛美歌が浮かびました。

主われを愛すnote主は強ければnote

われ弱くともnoteおそれはあらじnote

わが主イエスnoteわが主イエスnote

わが主イエスnoteわれを愛すnote

たとえ自分の名が、作品が、この先何処にも一行も記されることがないとしても、私はこのイエスとともに歩む。

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フジ子の「ラ・カンパネラ」

 我が家にあるタブローは一枚だけ。叔母が描いた魚の絵だ。花の絵もあるが飾ってはいない。わたしが20代で描いた油絵は実家(といってもたった一人の住人であった母は亡くなり、母の3回忌がもうすぐだ)の玄関に掛けてあるが、これは壁の穴を塞ぐためで本当はどこにも出せる代物ではないことは自覚している。実家には岩手の画家五味清吉に師事した伯父の花の油絵があるはずだ。すっかり忘れていたが今思いだした。
 今日はフジ子ヘミングの再放送を書こうとしていたはずが、どうして絵のはなしになったかといえば、椅子に座りブログを開いていざ書こうとしたとき、なぜか「タブロー」という言葉が浮かんだ。何の脈絡もなくだ。いま21時53分。

 先を急ごう。

 今朝起きがけに夢を見ていた。これは日記に書いておかなければならないと思った。日記というよりもメモしておかなければ、なのだが。緊張もした不思議な夢だった。書き留めようと思う事柄は二通りある。一つは、あとで何かを書いたりするときに参考になりそう。一つは、天がわたしに何かを語っている、と思われるときだ。訓告、訓戒、示唆ではないかと思われる場合もある。

 きょうは午前は電気関係の工事が入った。午後は障子戸二枚の張り替え。もっとも今日は戸をはずして外に出し、古い障子紙に霧吹きで水を噴きつけ剥がして、枠をきれいに拭いただけ。新しい障子紙を貼るのは明日に。カーテンを引いておく。
 こういった仕事をした日は、まともに暮したという満足がある。

 そのあと、日頃お世話になっている近所の方が教えてくれた「もりおかデジカメ散歩写真展」を見るためにマリオスの20階へ。会場で「○○さん」と声を掛けてくださったのは、何と、この写真展を教えてくださったその人。ちっちゃな奇遇。わたしが最終日を間違えていたところ、28日まで、と教えてくれたのもこの方。30分も会場に居なかったのだが、何故か会期中のきょうのこの時間帯に二人が同じ場所に。向こうはご主人の車で送られて、私はバイクという足の違いはあったけれど。

 20時に電話があった。友だちから。
「8時からフジ子ヘミング。また茶碗洗いしてるんじゃないかと思って」
見逃すと大変だと気遣ってくれたのだ。滅多にTV番組表を見ない。BS2だったかな、と思っていた。リモコンを押しながら「う~ん、出ない」と思っていた矢先。彼女の一声ですぐにNHK教育テレビに。
 
 フジ子。前回見たときとは違った部分が印象深く。
劇団の稽古場だった3階に9匹の猫と暮している。
ウィーンで買った椅子。「グスタフ・マーラーが座っていたかも」とフジ子。
ジャガイモがフジ子の命の源。
子どものときから人と同じことをするのが嫌い。
母のピアノはギターのような、チェンバロのような音。
父はスウェーデン人。父が離婚して去った後もスウッェーデン国籍のまま。スウェーデンに住んだ事がなかったので18歳で国籍を失う。赤十字の避難民パスポートで30歳で留学。
…このあとには有名なことがたくさん…
「天国に行ったとき、前にここで生きたことを思い出したい(生活圏の商店街を歩きながら)。天国には全部持って行ける。自分の才能とかも」。
「5しかないことを10に見せようなんてのは嫌い」。
コンクールで一曲抜かしたことがあった。
東京芸大旧ホールのステージに出る直前、胸に十字を切り祈っていたフジ子。
「ラ・カンパネラ」をもっとも得意とする。
「きょうはもうおしまい」
「とっても疲れちゃったわ」

 母が働いていたので一人でいることの多かったフジ子。夜に母の弾くピアノを毎日のように聴いていた。フジ子はいまも夜になるとピアノを弾いているだろうか。フジ子の波乱の人生を浮かべながら聴く最後の「ラ・カンパネラ」は何にもたとえようがなかった。ユニセフにも協力しているフジ子。いつまでも元気でいてほしい。

ラ・カンパネラで「きょうはおしまい」にしよう。

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テ・デウム

 22時半。夜型からの脱却をはかろうとしているが、なかなか。
外は雨。冷えている。室内気温16度。湿度53㌫。ストーブはまだ焚いていない。

 午前中は葡萄棚のあと始末。脚立にのぼって蜂にたべられて黒く様変わりした房や枝や黄葉を落としさっぱりと。

 台風19号のとき林檎の落下被害が心配されていた。そのとき葡萄の生産者が、葡萄は台風がきても落下しないと話していたが確かにその通りだった。残った房もまだみなしっかりと枝についていた。11時頃小雨がぱらついてきたので作業を一段落。今年最後の葡萄をいただく。とても甘く美味しかった。

 その後、催し物のご案内を発送したり届けたり。

 午後は部屋を片付けた。いつの間にか散らかってしまう。自分の領域の片付けは後回しになるので、出した本やら雑誌、紙類がすぐに堆積してしまう。
 しまっておいた絵画の写真3枚を取り出し、襖や壁に留めた。写真を飾るのは抵抗があった。飾るならアマチュアのでも描いたものの方をと思っていたがこうして貼ってみると悪くはない。子どもの頃、部屋に飾ってあったミレーの「落ち穂拾い」の写真に敬虔な想いになったものだ。こうしてみると写真もわるくない。

 外は雨。

「テ・デウム」をじっくりと聴いた。
テ・デウムはカトリック教会の聖歌の一つ。フルトヴェングラー、ベルリオーズ、ブルックナー、シャルパンティエ作曲のものがあるようだ。

 手持ちはDVD、ブルックナーのカラヤンの盤のみ。ウィーン・フィル。
テ・デウムは1884(明治17)年ブルックナー絶頂期の作品。
カラヤンは、1975~76年命に係わる脊髄の病気のため手術を受けた。身体の動きがよくとれず増し加わってくる痛みとの戦いがあった。テ・デウム撮影のときもそんな試練のまっただ中だった。

 このDVDでは、繰り返しも含めて邦訳の詩で92行もの賛歌だ。
カラヤンからもウィーン楽友協会合唱団の一人ひとりからも魂の叫び、願い、祈り、賛美がつたわってくる。

 胸を打つ、次つぎに

……聖なるかな/聖なるかな/聖なるかな万軍の天主/天と地は満ちている/御身の栄光の荘厳さで……白装束の殉教者の軍が/御身をたたえる……御身の民を救いたまえ……今日われらに罪を犯させず/我らをあわれみたまえ……御身に頼る我らに/惑いなき永遠を与えたまえ……頼るわれらに/永遠を与えたまえ……

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きょうのことば

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“For God so loved the world that He gave His only begotten Son, that whoever believes in Him should not perish but have everlasting life. JOHN 3:16

【国光ひろ子牧師のおはなしから】
 このヨハネ3:16の聖書の言葉を、大空に書いて世界中の人が読めるようにしたいと考えた人がいたらしい。スケールがでかい! 
 また大空を紙にして、海の水をインクにして、木の枝をペンにして神の愛がどんなものか、神がどれほどに世を愛されたかを書いたなら海の水もなくなるほどだと言った人がいたらしい。ルターかな? ザビエルかな? 蔦田二雄師かな? たぶんごくふつうの平信徒かも。ここでちょっと考え事をしてしまったお陰で、これがわたしの長所であり欠点なのですが、肝心の名前を聞き落としたようなのです。

 世とは? このあたりはちょっと耳が痛いんですけど、ひろ子師は、キリストを意識的に憎んでいるもの、とも説明くださった。悪意と反逆に満ちているもの、とも。 大いに耳は痛いはずで、うっ、それってちょっと前のわたしじゃないの。それから、「世」というところに自分の名を当て嵌めてご覧なさい、と。

「神は、実に、そのひとり子(イエス・キリスト)をお与えになったほどに○○○を愛された。それは御子を信じるものがひとりとして滅びることなく、永遠のいのちを持つためである。」ヨハネ3:16

 ○○○さんも○○○○さんも○○さんも○さんも、信じるものは誰でも、つまりはこのわたしも。どうやらわたしも入っていたらしい。驚くべきことだ。

    ◆  ◆  ◆  ◆  ◆

 ある方にちょっとしたお菓子を差し上げた。ささやかというもささやか、これほどのささやかさはないというささやかなもの、つまり日頃お世話になっているわりにはお恥ずかしい程度のお礼ということなのだが。

 その方が仰るに、わたしは卯年、ということで喜んでくださった。そのお菓子の名には卯の字が入っていた。わたしはその方が卯年であることは知らなかった、とこういうちょっと不思議な嬉しいことがありました。

 目の前に課題がないわけではない。しかし神は日々、こんなちょっとした不思議をプレゼントくださることで「だいじょうぶだよ」と励ましていてくださる。

※写真の右側の紅葉している樹木は盛岡地方裁判所の石割桜です。石は見えませんが。また春にはきれいな桜を見せてくれるはず。

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金子みすヾ の詩ーお日さん、雨さんー

  ほこりのついた
  しば草を
  雨さんあらって
  くれました。

  あらってぬれた
  しば草を
  お日さんほして
  くれました。

  こうしてわたしが
  ねころんで
  空をみるのに
  よいように。

      

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 はるばる山口県に金子みすヾを訪ねた友だちが持ち帰った詩です。写真は金子 みすヾのために。みすヾは26歳で世を去っています。岩手の歌人石川啄木も26年の生涯でした。wikiの啄木の写真と友だちの持ち帰ったみすヾの写真の雰囲気がどこか似ています。(たった一枚見比べただけでは言えないかもしれませんが)啄木は明治19年生まれ。みすヾは明治36年生まれ。
 
みすヾは西條八十に「若き童謡詩人の中の巨星」と讃えられる。没後作品は散逸。童謡詩人矢崎節夫氏が収集に尽力。みすヾはさまざまな悲しみの中で生き、純真なこころをもって、それを詩に昇華させていったかのようだ。

 この薔薇を見たなら、みすヾはいったいどんな詩を書くだろうか。もしかすれば小さな野の花のほうを喜んだだろう。

 ともに26歳という人生を持った詩人が明治という同じ時代に、一人は山口、一人は岩手(東京、北海道にも居住したが)にあったという事実も面白い。

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秋晴れ

 昼頃、ゲラ発送のため郵便局に。帰りは中央通りを。裁判所の石割桜の前で写生をしている方が二人。並木を数枚撮った。見上げるとこの色彩の美しさ。

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 午後、自転車で近くを。住宅地の傍らに辛うじて残る水田。脱穀だ。この米の品種は何だろう。自家用だろうか。どこかの店に出回るのだろうか。巡り巡って自分の口に入ると想像すると楽しい。うん、旨い。

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中津川もきょうは輝いている。この草地にはたくさんのコスモスの種が。来年増え広がり咲く様が見える。素晴らしいコスモス群落だ。
向こうに見えるのは中津川橋。さらに上流に行くと

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 水道橋近くに鮭の様子を見るには恰好な場所が。
 オホーツク海、ベーリング海、アラスカ湾を回遊し宮城県石巻湾に口を開く北上川に遡上。河口から200㌔の旅程(この距離は日本最長級だという)を終えていまここに。ぼろぼろになりながら、穴を掘り産卵し、子孫を遺すという使命を果たそうとしている。川孵化場での孵化率は90㌫(中津川に川孵化場はありません)。一匹の鮭の産卵数は3000~3500個。そのうち成魚となって戻るのが2、3匹。つまりここに見えているのは奇跡の生還を果たした鮭なのだ。とにかくこの岩手の盛岡市の中津川という川を忘れずに帰ってきてくれたのだ。何て凄い奴!! 

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 鮭をしばし眺めて帰宅。庭を一回りして最後にブルーベリーの紅葉を撮りました。また来年も白い花が咲き、青いたくさんの実が。

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えっ? 来年の話をすると鬼が笑う? 

でもこんな賛美歌がありました。note

あすをまもられるイエスさま(賛美歌ひむなる96番)note

あすはどんな日かわたしは知らないnote晴れか曇りか嵐になるかnoteわたしはあすを心配しないnoteイエスがわたしを守られるからnoteあすはわたしには分らないけどnoteあすを守られるイエスがおられるnote 

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ゲラ

 文芸誌「天気図」vol.8 に載せていただく小説「雑魚」のゲラができたということで、18日に立川ゆかり編集長から手渡された。校正だ。

 3箇所程度直せば済むと楽観していたところ、誤字は無かったが(プロが見ればあるかもしれないが)、よく見るとルビを振ったほうが良い箇所、詰め、段下げ、改行、順不同と多々あることに我ながら呆れた。それだけならまだしも、指揮者と曲名を間違って書いてしまっていたのにはすっかり青くなった。

 しかしこれも、昨夜もしブルックナーを聴いていなかったなら今回も見落としていたかもしれないのだ。このこともちょっと不思議だった。昨夜どうしてもブルックナーが聴きたかったのも或いはこういうことだったかもしれない。マーラーと書くべきところをブルックナーと書いていた。確かに書いたのはわたしだ。寝ぼけていたのだろう。とにかく直すことができて良かった。

 立川さんの指示で、人様の作品の校正も預かった。脱字などは見ることができる。しかし内容に関しては、見解の相違ということもある。うっかり手を入れられない難しさがある。わたし段階の次は本人への送付だから、自分で判断されるだろう。この原稿の訂正箇所は少なかった。

 何れ本作りには細心の注意が要る。これまでのように「後で直せばいいや」ではなく、書く段階で一行一行をできるだけ確実に決めて行くことが、校正を最も短時間で済ませる方法のようだ。

   ◆  ◆  ◆  ◆  ◆

 19~23日にオリオン座流星群が活発化する予測のようだが、見えなかった。今回は20日の国立天文台の速報画像で見たつもりに。

 オリオン座流星群はともかく、今夕の三日月があまりに煌々としていたので思わずカメラを持ち出したのだが、4枚ともに金属が溶け出したような輝きだけがのこり、肝心の月の形は捉えられなかった。久しぶりに見たすばらしい月の輝きだった。

 

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インマヌエル教団誕生日&ブルックナー交響曲9番

  ちょっとくどいかなと思いつつ、
きょうはインマヌエル綜合伝道団の誕生日。

それでと言うわけではないが、ここのところ神に会ったと言われているブルックナーづいている。

 ブルックナーが生まれたのは1824年、日本では文政7年、ドイツ人医師シーボルトが長崎郊外に鳴滝塾を開いた年のようだ。この1824年には5月7日にベートーベンの交響曲第9番が初演され、ブルックナーは9月9日に生まれている。

 今夜は交響曲第9番を聴いた。ブルックナーはこの曲を愛する神に献げるつもりだった。彼は1895(明治28)年フーガの終楽章の作曲に着手したが、1896(明治29)年10月11日に天に帰った。アテネでの第1回オリンピックがあり、エジソンがニューヨークで活動写真を初公開した年だった。

 私事だが、ちょうど私が久我山で櫻井圀郎先生の説教を聞き、午後から芸術劇場でサン・サーンスを聴いた日が、ブルックナーの命日だったわけだ。

 ブルックナーは終楽章が未完となることを予感していた。「テ・デウム」を代替とすることを示唆していたらしいが、器楽曲を声楽曲で代替することには無理があったようだ。(「アントン・ブルックナー交響曲全集 9 Symphonien KARAJAN」の解説より)

 とにもかくにも、ブルックナーが神に献げようとしたこの曲を聴きながら、自分にはこのような作品が果たして書けるだろうか、小規模で誰にも認められないとしても、そんな意味合いを持った作品を書いてみたく思った。

 ブルックナー交響曲第1~9番まで、全曲聴いてみよう。ブルックナーはリンツ大聖堂のオルガニストでもあった。

 

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すっかり安心していなさい

「主があなたがたのために戦われる。
あなたがたは黙っていなければならない。」

            出エジプト14:14

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これは蔦田二雄師が昭和39年元旦に掲げた聖書の言葉だ。
いまの自分にそのまま当て嵌めてよいかどうかは分らない。
ただ、この言葉は、こう語っているように思う。

たとえおまえが
知恵に於いて
力に於いて
弱いものであっても、

おまえが弱いものであればあるほど、
おまえに代って
神であるわたしが
おまえのために戦う。
ただし
神であるわたしにたいする
おまえの愛と信頼が確かであるなら。

おまえがこれまで
どんな失敗をしたとしても
そんなことはすこしも問題ではない
それをおまえが確かに悔い
そして
神であるわたしにたいする
おまえの愛と信頼が確かであるなら

わたしは
最前線に乗りいだし
おまえに代って
完膚無きまでにこの戦いを戦おう

だから心を静かにして
すっかり安心していなさい

  ♠ ♠ ♠ ♠ ♠ ♠ 

ニコラウス・アーノンクール&ウィーン・コンツェントゥスムジスクアルバム「ヘンデル:メサイア」を聴きながら

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タイムリー

 沿岸に住む友人から秋刀魚の直送便を頂いた。大してお役に立つ事はしていない。申し訳なさですっかり恐縮してしまった。そこで何か感謝の気持をお送りしなければと、毎日気になりつつ一週間近くも過ぎてしまった。最寄りのデパートに行き、あれかこれかと見て回るうちに、ある菓子が目に入った。これならいいかもしれないと、ささやかな物ではあるけれども発送を依頼。そうしたところ、今日その方から18日の消印が押された「三陸鉄道しおさいの旅」の絵はがきが届いた。そしてこのように文面が認められていた。

 「今朝……宅急便が届きました。……私事でございますが本日誕生日だったので『福あつめ』というお菓子に感動いたしました。福をあつめて歩みだそうそう思って居ります。……」

 私は届いた日が、その方の誕生日だと知っていたわけではない。また菓子の名に福という字が入っていたから選んだのでもなかった。だからこそこの一文が嬉しかった。わたしのした事は大したことではないが、天がこの方のためにこういった機会を用いてさらに祝福を加えて下さったと思われてならない。

 天が祝したもうお誕生日おめでとう!!presentbirthdaybook

 

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きょうのことば

       神は、実に、
そのひとり子をお与えになったほどに
      世を愛された。
   それは御子を信じるものが
   一人として滅びることなく
   永遠の命を持つためである。
       ヨハネ3:16

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今日はインマヌエル綜合伝道団の創立記念礼拝でした。
pen
1945年10月21日spade蔦田二雄牧師によって創立。club64回目の記念日です。birthday

【盛岡教会の国光勝美牧師のおはなし】
eyediamond
何が神の真実から我々を遠ざけるのか。
頭ではこうするべきと分っていても
そうさせない力
即ち罪の力が
我々を神から遠ざけるのである。
typhoon
罪の力によって
マリオネットのように支配されていた者が
キリストの十字架に飛び込もうとしたとき、
悪魔はそう簡単に手放すはずがない。
danger


以上は、おはなしのなかで、なるほど、と思ったことを書いてみました。お話は柔道競技オリンピック金メダリスト井上康生さんや宇宙飛行士若田光一さんや国債の話などの例話がありけっこう面白かったです
!!

※写真は教団の建物ではありません。蔦田師がキリスト者である理由で投獄された巣鴨拘置所のあった場所(現サンシャイン60)です。

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球根の不思議

 この辺りではいちばん見事な金木犀のあるお宅の前を通ったとき、いつしかオレンジ色の花は失せて緑一色に。残念な思いがした。もう10月も半ば。ほんとうに秋の到来だ。
 去年までは、花が尽きてしまうと秋に待ったをかけるかに花を買い求め植えていたが、今年は素直にその寂しい季節を受け入れた。といっても例年のように寂しいとは感じていない自分がある。
 昨日は半日以上かけて百合の植え替えをした。3箇所に分散させて球根を埋め込んだ。そのために移動させた花もある。
 球根は不思議だ。次の春が来るまで土の中でじっとしている。土をかぶせた球根が土の中で輝いているような気がする。幾片もの厚い額のような一枚一枚が中心からきっちりと重なる一つの球根の中には、すでに艶やかな白い花びら、おしべの臙脂色の花粉、めしべの黄色い先っぽや、形、数、香りまでが内蔵されている。時がくると段階を踏んでしだいに百合という形を成してゆく。これこそが決して解き明かされぬ壮大な種と仕掛けの手品だ。
 人の手によって植えられ育てられているかに見えるが、育て咲かせて下さる存在の不思議さを思う。
 ここまで書いてみると、金木犀の香りが無くなったことや、庭の花がほとんど終わったことは、すこしも寂しいことではなくなってしまった。
 土にはたくさんの種が落ちている。みんな生きている。上は立ち枯れても土の中では、根や球根が息をしている。そちこちの土の下は命でいっぱいだ。根の間、深い土の中には虫や動物たちも生きている。木の中の穴やトンネルにも生きている。見えないだけなのだ。これらの命の中には、先々環境の影響を受けるものがあるとしても、すでに花としての完全な姿が存在している。

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池津望奈美さんー演劇企画集団London Panda所属ー

 またまた上京したときの話ですが、そうたびたびはないのでお付き合いください。
11日の朝、教会に行ってみたいと、久我山に降りたちました。そこまではスムーズだったのですが。さて駅近くだという教会は……。この「駅近く」をわたしはどうも安易に考える傾向があり、かなり道が入り組みそう簡単には分らないと言われると、予めパソコンから地図を取り出すのですが、駅近くと言われると、それならすぐ分るだろうと即行動してしまう。

 時間のロスを防ぐためにも、地元在住と見える方に教会は二つあると聞いたが、こういう教会はどこですか? と尋ねた。指さしてくださった方向を進んだが見あたらなかった。そこでまた若く背の高いステキな女性が向こうから歩いてきたのを呼び止めて訊いた。一旦はさあ分りません、とのことだった。
 
 この辺で右折したほうがいいかなと思っていると、さっきの女性がまた駆け付けてくださって、「もしかすればあそこかもしれません。わたし今そっちに行きますから、一緒に行きましょう」と嬉しくも少しの間肩を並べて散歩となった。枝がこんもりとした紡錘形に美しく剪定された金木犀には、黄色い花が塗されたように咲いており、一面をよい香りで満たしている。駅方向に向かっていた。
「きょう演劇がありますけど」
「出られるんですか?」
「ええ」
「きょうはちょっと行けないですね」
「19時30分からもあります」
「芸名とかあるんですか?」
「池津望奈美」
一字一字聞きながら手帳に書き記す。書きながら最後の2文字が、最近私が書いた小説の中に登場するヴァイオリンの才能のある女性の名と同じである事にすこしわくわくした。「奈美」、それは愉快な一致だった。
「もし来れなくてもいいですから、これどうぞ」
【Rondon Panda  Vol.5  君の顔をうまく思い出せない】
チケット3枚下さった。
「劇団のホームページはありますか?」
「ええ」
「あとでコメントしますから」

 間もなく川に出て、橋を渡ると十字架のある建物があった。もう一つの教会もあるはずだが、今日はここに導かれたなとわたしは思った。その教会ではこの日特別に講師をお迎えしており、それが櫻井國郎先生だった。わたしは心の中で「僕聞くエホバ語りたまえ」と呟きながらメッセンジャーの登壇を待った。

 投宿先に戻ってから甥たちにチケットを見せて彼女の所属する劇団「London Panda」を宣伝したのだった。

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雑感

 ここのところニュースもまともに見ていなかったが、花巻東が県民栄誉賞を受賞したニュースが流れていた。菊池雄星くん(敬称を何とするべきかに迷うが)はプロ入りするだろうが、プロ野球までは見ないつもりだった。イチローが2000安打をマークしたときも見なかった。プロ野球まで見ていると、(たぶん見ないのは勿体ないことなのだろうが)次つぎに見てしまい時間を失ってしまうからだ。だが、この県出身の、しかも高校野球での活躍が焼き付いている菊池くんとなれば、応援せずにいられるかどうか。baseball eye baseball baseball

 9日、姉が取った東京の宿に兄弟姉妹(実、義理取り合わせて)とともにチェックイン。私の室の窓にすっきりと教会の十字架が見えたのには驚いた。これはそうと知って室を取ったのではなく、偶然だったろう。それがとても嬉しかった。しばし眺めてから5時40分にテレビをスイッチオンしたところ、NHK G が「夕どきネットワーク」という番組だった。何と、岩手県軽米町の雑穀料理の紹介だった。特にアマランサスに焦点が。白米に比べカルシウムが約32倍、食物繊維が約15倍、鉄分が約12倍、マグネシウム約12倍(下線部分はあとでネットで調べました)などと説明されていました。アマランサスがアレルギーによいとは聞いていましたがこれほど優れた雑穀であることを初めて知りました。アマランサスは貧血、骨を丈夫にする、アトピー性皮膚炎にもいいらしい。日本一の雑穀の生産量を誇る岩手県を再認識。この偶然にもまたまた何か不思議な思いがしたのだった。bellpc

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乗客

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10月9日10時41分発新幹線

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旅の道連れは台風去った青空に層を成す

       

棚には荷物。中身は…主婦ならば、学生ならば、営業マンならば…年齢別、性別、さまざまな職種を思いめぐらすが、この大きさでは中身にそう大差はなさそう。

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 この列車にいまこのときに乗客は何人か。同じ箱で移動はするがみな他人。同じ箱で移動し、いつかどこかの駅で離れ、またいつかどこかですれ違うか、隣り合わせになるかもしれない他人同士。これらの人々の配置を、もしかすれば神が楽しんでいるかもしれない。
 どこかの駅で列車に吸い込まれ、どこかの駅で列車に吐き出される夥しい人、人、人……。この一人一人を把握し、つぶさに知り尽くしている存在の目がある。

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完璧にはできない

 日曜日に、21時24分に駅に降り、さて、家の近くで停まるバスに乗ろうと停留所で時刻表を見ると、もうバスが無かった。急遽タクシーに。40分自宅着。一息つく。
 文芸誌用の原稿を送らねばと、車中でも気になっていた。上京前に出すつもりだったが、出発際にやらねばならぬことが増え、送信する暇も無し。
 とにかく今日中にと思い、ざっと見て、まあまあかなと、午前1時20分ごろ(翌日になってしまったのだが)に送信した。ところが送信後にまた一通り見ると、3箇所、やはりまずいところがある。校正のプロが見れば、恐らくはもっとあるだろう。一つは、直したが為に同じ意味の言葉が重複してしまった。一つは説明を入れないと言葉が唐突過ぎる。一つは「た」よりも「る」とした方が良い。この三つ。
 もしまた見直せば更に出て来るだろう。
 内容はともかく、校正を完璧にするのはとても難しい。
 完璧にはとてもできない。
 不完全でいいのだろう。自分が完全ではないので、人様を悪し様には言えないとの自覚も持てる。努力してたどり着いたなら失点があっても、それで良しとすることに。

   ◆  ◆  ◆  ◆  ◆

 それにしても東京駅のテナントの飲食店、販売店の活況は・・・テナント料はいくらか、年商いくらなのか。これまで上京することがあっても、当たり前の光景としてきたのだが。

 東北の一都市の飲食店とはいえ、私の居住区の飲食店が閉店でシャッターを下ろしたときはほんとうに寂しかった。ご夫婦の活気ある仕事が見られなくなっただけで、この辺の空気が沈滞した。

 居住区隣の36年間営業し続けたスーパーも先月20日で閉店となった。このスーパーでは、姑、舅が毎日のように買い物をしていたのだ。私もお世話になっている。閉店には、大型スーパーが近くにできたという事情もあった。

 市内のガソリンスタンドも、あそこにもあったはずと行ってみると閉鎖となっていたりする。

 東京駅の活況に、テナント料はいくらぐらいかと検索してみたが…ズバリとはだせず、また夜分でもありその根気も失せている。

 手近に出てきた1例は
 新宿JR山手線徒歩3分。坪30万。1979ビル。
自分が今回歩いた久我山、台場、池袋と覗いてはみたが、千代田区丸の内一丁目を知るのはなかなか。「良い物件は出回る前に決まっています」だそうだ。もともと「単純ブログ}であってみれば、こんな程度で。

 中央と地方のこの落差。何を今更と言われそうだが・・・
なぜ? どうして? 

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サン=サーンスー交響曲第3番ハ短調作品78「オルガン付き」  

 「3番オルガン付き」。勝手にそう呼んでいる。昨年末ごろから聴くようになった。今回の10日に合わせての上京はもう春先から決まっていた。芸術劇場のチケットを取ると聞いたが、曲目もよく見ていなかった。間際になって検索し、「3番オルガン付き」と知り嬉しかったし、「シベリウスのヴァイオリン協奏曲ニ短調作品47」のヴァイオリニスト、ジェファニー・ギルバートが楽しみだった。指揮大友直人。オルガン近藤岳。東京交響楽団。

 年に一度のコンサートとなりそうなので、記録することに。甥二人、甥の友だち一人、姉、義兄の叔母、東京在住の息子と私が二階席に横並びとなる。
 一曲目のエルガーの「弦楽のためのセレナード」は、もしや居眠りしていた方も結構いたのではないか。一人の「ブラボー」にやっと拍手が軌道に乗ったかに。二曲目のジェファニーへの期待感は高く、私もそうでしたが、先ずは疲れ気味の意識にむち打って聴くうちに、ステージが、ホールが別世界に。あのヴァイオリンの音の輝きは。奇しくも聴きたがり屋の方が完全に眠気を制圧した一ときだった。やはり生演奏はCDの比ではない。音の饗宴は豊なり。豊饒の海がホールいっぱいに。

20分の休憩。

この間に、劇場の窓から、蔦田二雄、そうインマヌエル綜合伝道団の創始者の〝大学院〟サンシャイン60の位置(彼が大いなる学びを得た巣鴨プリズン、〝栄光〟の巣鴨拘置所)をバッチリ、デジカメに。

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 それから席に戻って待望のサン=サーンスでした。(いま聴きながら書いていますが、第二楽章の二部。管が鳴っています。シャルル・ミンシュ&ボストン交響楽団)

それにしても近藤岳のパイプオルガンの響き。管弦楽との素晴らしいスケールの響き。午前中には久我山の教会の説教を聴いての午後の一とき。私は思いました。神は教会にばかり存在するのではない。この素晴らしいステージ、ホールにも居られる。よしこのステージが傾き崩れ去るときにも神はやはりここにも居られる、どのような状況のなかにも居られるのだと。

ブラボーがそちこちから飛びました。割れんばかりの拍手。尽きない拍手の渦でした。パイプオルガンのあの響きがいまもって止みません。

 
 


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きょうのことば

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「そのころ、イスラエルには王がなく、めいめいが自分の目に正しいと見えることを行っていた。」  士師記17:6

11日のきょう午前中、たまたま案内くださった方があり、久我山にある教会に行ってきました。おはなしは、これもまた、たまたまでしたが、東京基督教大学教授櫻井國郎先生でした。

題 「『良かれ』と思ってしたこと」

正確なところで、「正しい」という言葉には意味がない。結果を見て判断されることが多い。「正しい」ことというのは自明であるという判断もある。
日本では「裁判官は良心に従って職務を行え」といわれる。宣誓も良心に従って行われる。欧米では、聖書がその基準となっている。聖書を基に宣誓を行う。聖書はキャノン即ち基準である。
良いことをするのに何故責められるのかと思うときがある。それは往々にして、善悪を自分の判断ですること自体に誤りがある。神の基準を無視し、自分の判断を基準とするところに罪人の姿がある。神を基準とするか、自分を基準とするか、ここに根本的な分かれ道がある。

以上は心に響き、自分がさまざまに考えさせられ、反省を促された部分を簡略に書いてみました。自分が良かれと思ってしたところがむしろ人様を傷つけてしまったり、自分自身が拘泥してしまっていることに気づいたり・・・きょうのメッセージはまさしく私が聴くべきおはなしでした。

  ◆  ◆  ◆  ◆  ◆

姪の結婚式のために上京。また幾つかの不思議を更新しました。

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台風去って

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以上は先日の観光コンベンション協会の探訪のときの写真です。
小雨の中で撮りました。
3枚目は盛岡城跡公園の石垣です。

今朝は6時に外回りと庭を掃きました。45㍑入りのゴミ袋に、松の葉っぱが半分となりました。かつら、葡萄の葉っぱはくまででかき集めました。
遠隔地の親戚、友人、知人も無事だった様子で、安心しました。
今日一日が良き一日として加えられますように!

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安息のひととき

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  聖霊があなたがたの上に臨まれるとき、
     あなたがたは力を受けます。
           使徒1:8

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暴れん坊台風18号は、
もうイーハトーブを後にしたようです。
いまはとても静かです。
風が傘の骨を折り、
ガラス戸をかたかたと鳴らし、
樹木を揺すっているときにも、
こうして身を避けていられる。
狼藉者を従えられる大きな存在を内に覚えて、
穏やかで安らかにいられることが、
どれほどに有り難いことか。
まだ外に出てみてはいません。
風が止み、
雨音も聞こえない、
救急車の音も
駆け抜ける車の音もしません。

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秋の実・花

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時がどんどん先を駆けていて遠くからこちらを振り返って見ているような気もします。あたたかな眼差しです。

赤い実はお向いのもの。

きょうの写真にはない花情報は……コルチカムは写真に撮らないうちにへたりこんでしまいました。疲れちゃったようです。……百日紅は、例年8月下旬にたわわに咲くのですが、今年はそれぞれの枝が独立宣言したかのように時期をずらして咲き、いまは東側の二本の枝が咲き終えようとしています。……リナリヤは6月から咲き続け、増え広がりながらいまも元気いっぱい。10月中も健闘するつもりに見えます。……バーベナもいまだ健在。花期の長さに敬意を表しました。……サルビアは播いたものではなく、撒いた牛糞に混じっていたと思われます。発酵させる段階でか、野ざらしの段階で入ったものかは分りません。牛の胃腸を生きて通過できる種はあるのでしょうか。……露草は諦めずに、そちこちに芽吹き続け、そちこちに一輪二輪ずつ花をつけています。……今年は庭にあまり手をかけてあげないので、みなちょっぴり不満げですが、それも口には出さずに、また来年も咲きますからと、庭番を安心させてくれました。どこまでも優しい花たちです。

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上の橋ー擬宝珠400年三橋めぐり・その2ー

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 高欄にある擬宝珠はかつて南部氏十二代政行が在京中に加茂川の橋の擬宝珠を写す許しを得て領国三戸城に取り付けていたものである。1609年南部氏27代利直が城下町盛岡の整備で上の橋を架橋したときこの場所に移された。現在の橋は1935年架設。長さ54.0㍍、幅員12.04㍍。

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中津川の底には鮭の魚影が。中津川は北上川に注ぐが、北上川は盛岡から200キロ先の石巻港に注いでいる。河口からここまではるばる遡上してきた鮭だ。

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中津川散策ー擬宝珠400年三橋めぐり・その1ー

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 岩手銀行中の橋支店(旧盛岡銀行本店)です。1911(明治44)年建築。東京駅を手掛けた辰野金吾氏設計。国の重要文化財。
 東京駅丸の内駅舎の保存・復元計画が2010年度末の完成を目処に進行しているが、何と、この東京駅の設計図が無かったという。そこで建築業者は、この岩手銀行中ノ橋支店を調査し、これに基づいて工事を行ったらしい。

         

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 中津川の河川敷にはこんな遊歩道が。コンクリートには間伐材で作ったチップが練り込まれている。足に優しい小道だ。

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 川の中州とも見える花崗岩。河川敷整備のとき、撤去しようとしたが、石があまりに巨大で困難と判断され、川の中にそのまま残された。この辺りの花崗岩も盛岡城跡公園の石垣として使われたという。

 以上は、3日(土)午前、盛岡観光コンベンション協会による中津川三つの橋の説明会での一部です。

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 土手の向こうには中津川を見ながら食事・喫茶が楽しめる「喫茶深草」。店舗がすっぽりと蔦に覆われている。
 二つのグループに分かれて散策。写真、新聞、書籍資料など携帯しての解説であった。

 今回は、いつの間にかこの協会のガイドとして活躍していたGさんからの電話でのお誘いだった。えっ、なんで?毎日のように見ている所ばかりなのに……待てよ、新しい発見があるかも、と参加してみたところ、知っているようで知らない我が街だと分りました。盛岡中津川三つの橋周辺がリフレッシュされ、記憶が更新されました。

 このあと橋の説明が続くのです。

※説明はもっと内容のあるものでした。ここでは簡略して書いています。

    ◆  ◆  ◆  ◆  ◆  ◆

 きょう午後水曜デッサン会を見に喫茶ママへ。T子さんがいるといいな、と扉を開けるとカウンターに。実はママとは、昨日夕方某スーパーでお会いしご挨拶したのだった。そのときはいらっしゃらなかったがすこしして帰ってこられた。今日はきょうのご挨拶をして絵を見、コーヒーを頂く。

 小さな作品群。ずっと男性的なタッチで描き続けてきた友だちの人物は、今回、そんな特徴を残しつつ、色合いがとてもきれいで、乙女のような感じを受けた。モデルは若い女性だ。線にはどこまでもリアルさがある。

 絵も描きたいとは思いつつ、こんどは先頃の原稿の校正が待っている。推敲もして良いとの許可を頂いている。有り難かった。

 

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きょうのことば

    私たちが神を愛したのではなく、
       神が私たちを愛し、
      私たちの罪のために、
なだめの供え物としての御子を遣わされました。
      ここに愛があるのです。
         Ⅰヨハネ4:10

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 きょうは教会ではいものこ会もありました。
教会のみなさんの近況などを聞くことができました。
礼拝のお話しも楽しいですが、この会も和やかでした。

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十五夜

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          十五夜

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真ん中に星が見えます。二本の木の間にあります。

ドビュッシーの「月の光」か、ベートーヴェンの「月光」か、シューマンの「月の夜」かと検索しているうちに、何だかそんな自分が可笑しくなった。一瞬、月をボールに見たてて、平安貴族よろしく蹴鞠をしてみる。しているうちに、畏れ多いと気付き、荘厳なままに鞠を夜空にお返し申し上げた。この月には安っぽい叙情詩、恋愛詩などははなはだ失礼と思われる。天体の不思議と敬虔な思いをもってしばし眺めた月、そして星であった。

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ウラディミール・ホロヴィッツ

 このCDの最初の音を聴いて、これだ、これ以上他を聴く必要はない。正直そう思った。人の好み、共感するものは様々だが、わたしはホロヴィッツが良いと思う。ショパンの「英雄」を先ず聴いた。鋭さ、流麗さ、自在さ、謳うような詩情が連綿と鳴りつづける。またまた不適切な物言いとなるが、ショパンの楽譜がまるでホロヴィッツの掌でホロヴィッツの意のままに転がされているとさえ感じられる。

 こんな感想を持ちながら、CDの解説書を読むと、
「『ピアニストにとって一番大切なのは、ピアノを打楽器から歌う楽器にすることである。』と語るホロヴィッツのピアニズムは、リリシズムとダイナミズムの完璧な結合の上に成り立っている。驚異的に冴えた技巧とあくまで清澄な音色を持ち、純粋に徹した表現はたとえようもないほどの美しさを示す。」
とあった。

ホロヴィッツは1904(明治37)年ロシアのキエフ生まれ。
1989(平成元)年ニューヨーク・シティの自邸で死去。85歳。

この盤は1965(昭和40)年のヒストリック・リターンから1973年にかけての2度目の絶頂期の作品。

1989年10月20日から11月1日まで、ソニー・クラシカルがホロヴィッツの自邸に器財を持ち込んで録音をしたが、その直後と言っていいかと思うが11月5日にホロヴィッツは亡くなっている。心臓発作だった。

当分ショパンはホロヴィッツになりそう。

ホロヴィッツ ショパン・アルバム/SONY CLASSICAL TM /1974

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10月スタート

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 10月スタートのこの日、午後は文芸誌「天気図」宛に拙稿を添付メールで送信。
ほっとし、久しぶりにカメラ携帯で買い物に。
1時間半ばかり近場の街のようすを見、青空販売できのこや枝豆を買いながらこんな写真を撮りました。池に映じた樹木を狙ったのですが・・・すこし暗いめですが絵画的な感じも。

 夏は暑さに押され気味。寒露のシーズンでやっと人心地が。さてこれからひと頑張りといいたいところですが、自分の好み意志を押し通そうとするよりも、自らは素直に葡萄の枝になって、指揮は葡萄の木のオーナーである天にお任せするのが一番と、今回の文章書きで納得しました。
実を得ようとするなら確かにそれがさほど苦しむこともない近道のようです。不思議です。
たくさんの不思議を積み重ねて行きたく思います。

 

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