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2009年9月

八木重吉の詩ー素朴な琴/響ー

     素朴な琴

    この明るさのなかへ
ひとつの素朴な琴をおけば
  秋の美しさに耐えかね
琴はしずかに鳴りいだすだろう

     ♪♭
♭♪

           響

      秋はあかるくなりきった
        この明るさの奧に
しずかな響があるように思われる

    
♪♭♭♪
 
      栗の実

   秋の林にさわさわと
  背中おされてざわざわと
     すぎゆく風に
    かきーんこきーん
   毬の住処をあとにして
     落ちる栗の実
    からーんころーん
      ーぶんなー

三浦綾子さんの好きだった八木重吉の詩。
私の詩も八木重吉とのせることをお許し下さい。
八木重吉の〝詩の音楽〟から浮かんだ詩です。

きょうで9月は去ります。惜しいです。寂しいです。けれども新しい10月がもたらされようとしています。新しい時間は無尽蔵です。この手にはかかえきれません。
感謝なことです。
  

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雑感

 夕方買い物に出るまで一日家にこもっていた。誰に強制されたわけでもなく、明日までに書いてしまわなければならない原稿があったからだ。文芸誌に載せていただく為なのだが。謂わば趣味のため。これは、時間ができたからすぐに浮かぶというものでもない。あと2枚書くと100枚(400字詰め)だ。

   200999_001_3 

 朝食後燃えるゴミを出したついでに、ハーブを増やしている一角だけを草取りする。こぼれ種が確実に増えるようにするため。

 3食だけは抜かすことができない。洗濯は洗濯機任せ。干す手間だけでよい。一番の手抜きは掃除だ。それでも買い物に出る直前には掃除機をかけた。

 昼食の麺をゆでる湯が沸くまで、台所前の草取り。草だけはよく育つ。草を取らないでいると花が絶えてしまう。それで草を除去している。ほんとうは草も個性があって良いのだが。

 ここ10年草取りを続けた結果、雑草の植生が大きく変ってしまった。庭のどこにも無かったねじり花が、どこから種が飛んできたものか、今年夏頃に一本だけ咲いていたのにはびっくりした。鳥の糞とか、風が運んだとか。ただこの近くでねじり花を見かけたことはない。鳥がねじり花の種を食べるかどうかも分らない。調べようもない。

 10年前に生えていた草の名をメモしまたいま生えている草をメモすれば、交替がどのように為されているか分るのだろうが、そこまでのマメさがない。

 夕方は久しぶりに素晴らしい夕焼けだった。新品ではないが、そう古くもないカメラ、息子が使うように置いていったカメラで写した。きょうのブログに載せたかったが、PCに入れてみて気づいたことは、MB数がこのブログの許容量をこえていた。残念。

   ◆  ◆  ◆  ◆  ◆

 今日は友だちの息子さんが岩手県芸術祭彫刻部門で芸術祭賞。ご主人が奨励賞という良い事があった。そう、今朝朝刊に出ていた黒沼令さん、黒沼加津巳さんのお二人だ。友だちは、彫刻のためにテラスを作るなどして協力している。(木彫のときなど)削り屑の後始末なども大変らしい。

 新潟国体、花巻東高はきのう中京大中京に4-6で勝利。雪辱を果たした。久しぶりに菊池雄星くんの153キロを見た。あの春、夏の顔が卒業し去って行くかと思うと寂しい。岩手では100年に一度のチームとして記憶されることになるのではないか。雄星くんばかりではなく、頑張った一人一人にこの先幸運がついて回ることを祈りたい。

 どこぞの首相がオバマ夫人に失礼な発言をしたとか。本音で怒ってしまった。つい最近まで、わたしは外人とは付き合いたくないと思っていた。コンサートなどでは、それなりの敬意をはらいもするが。有色人種にたいする差別意識がどれほど根深いかが分っているからだ。ただゲオルグ神父にはお会いしたかったけれど。

 最近になって心境が少し変り、尺度も変った。どうしても白人と付き合わねばならない役回りがあるなら付き合うだろう。こういった心構えはできたものの、恐らく、神様はわたしにそういった役を振ってはこないだろう。それはともかく、ベルルスコーニという人、ほんと不愉快!

 10月は水曜デッサン会が楽しみだ。この会もみな画風という域に達している方々だ。そういえば、金木犀を絵に描きたいと思っているうちに、もう散り始めていた。草取りをした一角に、小さな小さな花が形を留めたまま地面にたくさん落ちていた。透明水彩、カラー鉛筆と準備したのだが、これまでに描いたのは一枚きり。道具が泣いていた。

 冒頭にアップしたのは、何のことはない、9月上旬の空の写真ですが、この空を眺めながら、きょうの一日を見送るとします。 

 

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大音樂會ー大正12年/ハイドンクワルテット、花島秀子、榊原直出演ー

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大正12年7月1日大音樂會出演のため盛岡に来た音楽家たち。(前列)

後列左から佐々木休次郎、梅村保、赤沢長五郎、館沢繁次郎
前列左から多忠直、杉山長谷夫、多基永、花島秀子、芝祐猛、榊原直

大音樂會
出演 ハイドン クワルテット 第一ヴァイオリン 芝祐猛
              第二ヴァイオリン 多忠直
              ヴィオラ      杉山長谷夫
              セロ        多基永
    花島秀子     メゾソプラノ
    榊原直      ピアノ

時日 大正12年7月1日(日)午後2時開演
                  午後7時開演
會場 盛岡劇場
主催 太田クワルテット
後援 巖手日報社

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きょうのことば

      心の貧しい者は幸いです。
(別訳:ひたすら神に依り頼むものは幸いです)
    天の御国はその人たちのものだから。
          マタイ5:3

      ◆  ◆  ◆  ◆  ◆

ある牧師は、巣鴨プリズンの跡地(いま池袋サンシャイン60)を通るたびに指さして言ったらしい。

     「あそこが私の大学院だった」

えっ、刑務所が大学院? 悪さに磨きでもかけたの? 
ではなかった。太平洋戦争の宗教弾圧で投獄されたのだ。もうどこまでも神に依り頼む以外に策がない!! 牧師はこの刑務所でとことんへりくだり、謙遜というものを学んだのだそう。そしてついに、ここでも神はわたしとともにおられると実感。

「インマヌエル(神は私たちとともにおられる)」      

   マタイ1:23

 釈放されてからイムマヌエル綜合伝道団を立ち上げた。これが初代主任牧師蔦田二雄先生だった。

    さて、私の〝大学院〟は?
       

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英雄ポロネーズ

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  昨夜、5、6年ものあいだ聴いていなかったショパンの「英雄」が耳奧に鳴った。それで今朝は、中村紘子さんのCDが真っ先に目に入ったので取りあえずそれを聴いてみた。

女性ピアニストで感心するのは、男性的な迫力の音量を見事に出し切っているときだ。逆に男性的な女性にしか弾けるはずがないと思うこともある。美しいドレスに包まれた内側に、不屈で強靱な男性が見えるときがある。

中村紘子さんの「英雄」、三陸の断崖絶壁に挑むのにも十分な迫力だった。

 さてホロヴィッツ、及川浩治といったピアニストたちの「英雄」はどうだろうか。

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わたしの耳はージャン・コクトーー

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わたしの耳は貝の殻
海の響きをなつかしむ

      ジャン・コクトー

  ◆  ◆  ◆  ◆

友だちに海にいかないかと誘われたときも家にいることを選び、この連休は息子たちと行けるかなと期待したところ、息子には予定が。

今年は5月の連休の姉一家との北山崎行が唯一の海となりそう。

断崖に繰り返し砕け散る波を思いだしているうちに、なぜかショパンの英雄ポロネーズが耳奧に甦りました。

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金子みすずの詩「星とたんぽぽ」

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青いお空のそこ深く
海の小石のそのように
夜が来るまで沈んでる
昼のお星は目にみえぬ

見えぬけれどもあるんだよ
見えぬものでもあるんだよ

散ってすがれたタンポポの
川原のすきにだぁまって
春のくるまで隠れてる
強いその根は目に見えぬ

見えぬけれどもあるんだよ
見えぬものでもあるんだよ

 ◆ ◆ ◆ ◆ ◆

見えぬけれどもあるもの

どこに隠れているとも知られぬ空の地の上の地の中の空中の生き物たち。ウィルス、バクテリアも。
ヒトの臓器にも驚く。特に心臓の生々しい動き。心エコーの画像を見た。どっどっどっどっ・・・・・。生まれたときから死ぬときまで大凡決まったリズムを刻み動き続けている。赤ん坊でも、たとえば122歳の高齢者でもどっどっどっどっ・・・・・。鼓動は人類始まって以来ずっといまこの時にまで脈々と受け継がれてきているのだ。あたりまえのことだが、心エコーを見たときは感動した。専門的にはいえないまでも、幾つもの星雲。星の軌道。10000㍍以上の海溝。それとエネルギーといったものも。まだまだ、それこそ見えないが故に、知らないが故に挙げることさえできないものは、挙げることができるものよりも遙かに多い。

見えぬけれどもあるもの

悲しみ、不安、孤独、嘆き・・・。喜び、楽しみ、慈しみ、憐れみ・・・・

    そして

     神

「悲しむ者は幸いです。その人たちは慰められるから。」マタイ5:4


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太田カルテット

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岩手県の大正時代の弦楽四重奏団太田カルテットのメンバー(昭和12年、梅村保渡満送別会で撮影。太田カルテットは大正4年結成。大正14年解散)

左より館沢繁次郎、佐々木休次郎、梅村保、赤沢長五郎

太田カルテット(関連1)

太田カルテット(関連2)

太田カルテット(関連3)


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顔・姿

去年の春に撮った九輪草です。
          P1010013_2

 10月には姪の結婚式がある。これまでほとんど礼服で済ませてきたが、和服、それも所有してから30年間一度も袖を通さなかった和服があるのを常々気にしていたが、いまでも着られるかどうか呉服店経営の友だちがいるので見ていただいた。
 帯はちょっと若すぎるでしょう、ということでした。赤系の花柄が目立つ。もう無理であることには納得する。勿論新しいものを購入するつもりはない。

 慶弔あるたびに思うのは、男性であればスーツ一着で済んでしまうところ、女性の場合にはそうはいかない。そうはいかないところを、これまでそれに近く済ませてきている。
 洋品売り場を歩くことが億劫だ。どうしても必要が生じてからばかり買いにいくので、買ったあと後悔することが多い。センスが磨かれることもない。この年齢までこの有り様で来たので、この先もこれと大差なくいくだろう。センスのある女性をみると、ステキだなと思う。こうあるべきだと思う。1日2日は、そうあろうと努力する。しかしすぐに努力を怠ってしまう。

 同じ姉妹でもおしゃれ感覚はまったく別個だ。姉は高価なものを身につけはしないが、おしゃれというよりも、服装はきちんとすべきという意識を持ち合わせている。私に会う度に溜息をついている。いまだに鏡の前で顔を直されたりすることもある。

 鏡をじっくり見ることもないが、この連休にスカイプにカメラが付いた。発信先は限定で姉と息子の2件のみ。まるで私が姉のリビングに居て話している気分だ。映るテーブルの上に置いてあるお茶を私が取り上げて飲むふりをすると笑っていた。
 姉の顔ばかりでなく、私の顔も画面の左隅に小さく入る。姉の方には画面いっぱいに出ているだろう。じっくりと自分の顔を見る事もなかった。自分の顔をあまりに粗末に扱ってきたように思う。と気づいてもたぶんこのまま変らないだろう。せめてまともな顔になりたい。顔はいつも見ているものに似てくるという。

        主とその、御力を尋ね求めよ。
         絶えず御顔を慕い求めよ。
             詩篇105:4

 

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賢治忌

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今日は賢治さんが亡くなった日。1933年9月21日没。
モリーオでパソ上の賢治さんのお墓に。

詩を書こうか、童話の感想を書こうか等々考えるうちに、1933(昭和8)年って?ということに。

<この年に亡くなった方は>
小林多喜二(作家) 29歳  2月20日
吉野作造       55歳  3月18日
宮澤賢治       37歳  9月21日
新渡戸稲造      71歳  10月16日

<話題の本>   
春琴抄    谷崎潤一郎
女の一生  山本有三
国定忠治
にんじん

<京大滝川事件>
鳩山一郎文相が京都帝国大学教授滝川辰夫(赤化教授とされ)の辞職を総長小西重直に要求した。これに対して法学部では全教授の辞表をもって文部省に抗議。京大の学生は勿論、全国の大学生もこれを支援したが、文部省はこれを巧みに切り崩し、5月26日、滝川教授を休職処分にした。

以上【世界の出来事100年史】からですが、凄いことがあった年でした。筆頭は国際連盟脱退となっていましたが…
話題の本の中に賢治さんのはありません。認められるには時間のかかることも。勿論私の文藝は、これには入っていません。このように言うもお恥ずかしいのですが念のために。
滝川事件は…中途割愛で…最終的に教官の全3分の2が京大法学部を去ったという。学問の自由を守るべく進退かけた気骨のある教授陣がいた事に何かすっきりとした気分に。
小林多喜二がいま新しい。賢治さんもいまも活き活き。
賢治さんと新渡戸が亡くなった年が同年だったなんて! 気付きもしませんでした。

賢治さんがきょう私に教えてくれたことは、詩や童話のことではなく、このような事柄でした。

賢治さんのために、「主よみもとに近づかん」を賛美します。タイタニック号が沈み行くとき、あの楽士たちが最後まで…。妹のとしさんとも歌いましたね。今年の5月にタイタニックの最後の生き残りだったディーンさんが享年97歳で死去。彼女の父親は、事故に素早く対応し、自らの命と引き替えに母と4歳のディーンさんと2歳だった兄
救命艇に乗せたのでした。海に沈んだ1517人の一人でした。

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きょうのことば

   よい分別と知識を私に教えてください。
   私はあなたの仰せを信じていますから。
苦しみに会う前には、私はあやまちを犯しました。
   しかし今は、あなたのことばを守ります。
     あなたはいつくしみ深くあられ、
       いつくしみを施されます。
         詩篇119:66~68

        ひろ子牧師の笑顔
       一人一人を迎えている
      あっ、祈ってきょうを迎えたんだ
         私にはわかった

  心がくもっていたときには、これがわからなかった

      ◆  ◆  ◆  ◆  ◆  ◆

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        このトンネルは長い
        だけどかならず抜ける
            

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金子みすずの詩「不思議」

   不思議

私は不思議でたまらない、
黒い雲からふる雨が、
銀に光ってゐることが。

私は不思議でたまらない、
青い桑の葉食べてゐる、
蠶(かいこ)が白くなることが。

私は不思議でたまらない、
誰もいぢらぬ夕顔が、
ひとりでぱらりと開くのが。

私は不思議でたまらない、
誰に聞いても笑ってて、
あたりまへだ、ということが。

 ◆ ◆ ◆ ◆ ◆

 友だちが金子みすず記念館に行くと言って、本を4冊読んでからでかけました。心洗われる詩がいくつもあります。「不思議」、ほんとうに、いつでも、いまでも、いつまでも、不思議に満ちたこのせかいです。
 

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音楽会のご案内ーーシンフォニエッタ・盛岡withフレンズー

  

 第三回「エンジョイアンサンブル」 

           出演  シンフォニエッタ・盛岡withフレンズ
     日時  平成21年9月19日(土)
          13時15分開演
          入場無料
     場所  マリオス小ホール
     主催  シンフォニエッタ・盛岡

      ◆  ◆  ◆  ◆  ◆

とても楽しい内容のコンサートです。プログラムを知りたい方は「シンフォニエッタ・盛岡」をクリックしてください。
  ほんとうに行きたいのですが、今回どうしても時間が取れません。残念でなりません。このように遅くはなりましたが、せめてご紹介だけでもと。

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慶應義塾ワグネルソサィエティ音樂演奏會曲目 大正十一年八月一日

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(1)128㎜×84㎜  表紙

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(2)128㎜×168㎜  開いた状態  表(表裏表紙)

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(3)128㎜×168㎜  開いた状態  裏(曲目印刷面)

音樂演奏會曲目
大正十一年八月一日(火)后六時半
於 盛岡劇場
出演 慶應義塾ワグネルソサィエティ
後援 盛岡三田會
         盛岡音楽普及会

盛岡音楽普及会については、文芸誌「天気図」vol.7に掲載した中ぶんなの論文「新説太田カルテット」をご覧ください。

※プログラムをカメラで撮って載せています。
  写真をクリックすれば拡大されます。

当ブログに掲載しているプログラムはすべて赤沢長五郎所有だったものであり、およそ20年前に借り受け、その時点で一括してコピーしたものです。

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主こそ我が旗

 総務省の調べで今年の1月末現在で、ブロガーは2695万人という。ブログの市場規模は08年度で160億円と。市場全体の85㌫を占めるとか。

 このブログが篤志家に励まされ成り立っていることは、前にも言いました。一方事の初めがスポンサーのお陰で成り立っていることが、勝手ながら、いまはちょっと複雑な気分でもあります。

 さて、きょうの鳩山内閣の発足を、果たしてどれだけのブロガーが書いているのでしょう。

 何れ、このような小規模であっても、ここに書けば宣伝広告にもなるわけで、これは存外責任のあることだと初めて思いました。気軽にブログを楽しむことも悪いことではない。そのためにもブログはある。行動せずとも、多様なサロンも出来上がっている。重く考えすぎる事もないとも思うが、考えざるを得ない側面にも気づきます。           

           200982217_085

 そこできょうは、私にとって確かであることを。

 圧倒的な支持にある民主といえど、まことの意味で特定の政党の旗は我が旗に非ず。我が旗は主。主こそ我が旗。

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どれもみな大切な命

2009915_001 今朝は雨

    昼頃に晴れて  2009915_008

2009915_009 ベルケアが咲き

小菊も咲いていました  2009915_011

水たまりは幾重にも輪を描き
そばには増えたたくさんのアザミ
一度刈り取ったところから生えでたツユクサ

雲のむこうは青空
たとえ雨がふっていても
いつもそこにある

ベルケアは三度目の花を咲かせ
次つぎに増えている

小菊のうしろは
クリンソウ
いつのまにか
ここにも生え出たクリンソウ
そして
小さなクリスマスローズの鉢

秋とはいえ
それぞれに命が宿っている
花をつけていようと
花をつけていまいと
どれもがみな大切な命

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ハイドンクワルテット第二回公演音樂大演奏會曲目(大正13年10月5日)

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(1)170㎜×80㎜

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(2)170㎜×240㎜

2009914_003

(3)(2)に同じ

これは、「大正13年10月5日(日)の幕田しな子嬢賛助出演ハイドンクワルテット第二回公演
音樂大演奏會曲目」です。
写真をクリックすると大きくなります。
この音楽会には、宮澤賢治も来ていたと推察します。賢治がハイドンクワルテットを聴きに来ていたという言い伝えがあります。

会場  盛岡高等農林學校講堂
主催  太田クワルテット
後援  岩手毎日新聞社

出演  幕田しな子・ハイドンクワルテット(芝祐孟・多忠直・杉山長谷夫・多基永)

(1)は三つ折りの表紙部分
(2)、(3)は開いた状態です。

※ハイドンクワルテットのメンバーについては、文芸誌「天気図」vol.7(ツーワンライフ刊)の中ぶんなの論文をご覧下さい。

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きょうのことば

「神は私たちを世界の基を置かれる前から彼にあって選び、御前で聖く、傷のない者にしようとされました。」
            エペソ人への手紙1:4
         P1010024 
 
   選んでもらうには、文学賞取らなくちゃ駄目かな。もっと優秀じゃなくちゃ駄目かな。ところが、今日の教会でのお話しでは、どうもそんなことは関係ないらしい。天の選抜は、もう本人が生まれるまえ、この世ができるまえから決まっているらしい。驚き!!

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津軽三味線

 行けませんでした。2009年いしがきミュージックフェスィバル。いまこの街でどんな人たちがどんな音楽を楽しんでいるのか、一通り見ておきたかったのですが、何しろ私的な懸案事項が終わっておらず、あきらめました。津軽三味線も聴きたかったのです。当地の若手としては藤原翼さんが活躍。去年肴町で聴くことができました。良い演奏でした。今年5月の全国大会は厳しかったようですが、頑張っておられるでしょう。

 津軽三味線の良さに気づかせてくれたのは、高橋竹山だった。誰にも立ち入ることを許さないとさえ聞こえるあの渺茫とした世界は、竹山独特のものと私には思われる。3歳で半失明、視覚障害のあった戸田重次郎から三味線を習っている。17歳ごろから東北、北海道を回っていたらしい。成田雲竹の伴奏をし、共に津軽民謡を発掘製作した。

 1963年キングレコードからLP『源流・高橋竹山の世界~津軽三味線』を出している。1986年のアメリカ公演のとき、ニューヨーク・タイムズは「まるで魂の探知機ででもあるかのように、聴衆の心の共鳴音を手繰り寄せてしまう。名匠と呼ばずして何であろう」と絶賛している。

 ピアニストの梯剛之さんや辻井伸行さんにはない凄み。これは津軽三味線という特質によるばかりでなく、また視覚障害であるばかりではなく竹山が辿った一通りではない苦い生活の体験からも生み出されているのではないか。どんな苦い体験も、創作に於いては必ず生かされる貴重な糧となりうる。竹山の響きに聞こえるこの凄みにどこまでも共感する自分がある。
 

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山頂に

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山頂に立てば眼下の雲海に煌めき注ぐ満天の星

                         ぶんな

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私は山に向かってー詩篇121篇よりー

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    私は山に向かって目を上げる。
    私の助けは、どこから来るのだろうか。
    私の助けは、天地を造られた主から来る。
    主はあなたの足をよろけさせず、
    あなたを守る方は、まどろむこともない。
    見よ、イスラエルを守る方は、
    まどろむこともなく、眠ることもない。

                 詩篇121:1~4

          
    
    

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岩手山

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 友人と 盛岡市大館町 にいった帰り、彼女とともに、こんな風景に立ち寄ってみました。背後の雲は鉱物のような質感があり真っ青な空に存在感をもって輝いていました。

きょうの青空は素晴らしく、朝に空に広がっていた雲は

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ここのところ忙しく(言い訳でもありますが)写真が続きます。

      ♣  ♣  ♣  ♣  ♣  ♣

 クローバーを出したついでというよりは、言いたかったのですが、わたしが教えを頂いている教会のひろ子牧師は、四つ葉のクローバー探しの名人。子どもたちが草地に顔を近づけて懸命にさがしているときに、なぜか魔法使いみたいに素早く発見するのです。視力がいいんでしょ、と仰るかたもあるでしょうが、……これは不思議なのです。

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山間の耕作

         

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 盛岡市岩山近く。稲が熟れました。

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 林檎。飼料用かな。         

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左側一帯は田圃。右側一帯はデントコーン。

街中を抜け田園風景に入ると、ゆったりと流れる時間。ほんとうに生き返り、癒されます。

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石の実

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 ノブドウかな?それにしては葉っぱにぎざぎざがないし、切り込みのカーブもノブドウとは違っている。もしかすればこういった葉のノブドウがあるのかもしれない。実がだいぶ落ちてしまっている。虫や鳥に食べられたのかもしれない。

 目に入ったとき思わず、ラピスラズリ(瑠璃)? クリソコラ(珪孔雀石)? 

植物というよりもまるで宝石です。原石を切断し研磨、加工しなくとも、すでに完全な美しさを持ち合わせている。そして葉陰に、いつもそうあったかに、あたりまえのように実を結んでいる。

    ♦  ♦  ♦  ♦  ♦  ♦

  深き海高き空よりこぼれたる青き石食む嘴は痛し  

                           ぶんな

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きょうのことば

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   主は私をきびしく懲らしめられた。
   しかし、私を死に渡されなかった。

         詩篇118:18

     ◆  ◆  ◆  ◆  ◆

  ある先生がこどもたちに質問したそうです。

     「生きていますか?」
     「は~い。だって心臓が動いてます」
     「じゃ、心臓をとめてごらん」
     「とまりませ~ん」
     「じゃ、生かされているんだね」

  こんなお話しがありました。自分の力で生きているようでも、実は生かされている。生かしてくれる源につながっていてこそ、自分を生かすことができるんですね。

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今日は何の日?ーマザーテレサの命日ー

        

         200982217_2

         マザー・テレサの言葉

              私は、
           社会に望まれず、
             愛されず、
   顧みられていないと感じているすべての人々、
  社会の負担となってみんなから避けられている人々、
         おなかをすかせている人々、
              障害者、
               盲人、
            ホームレスなど、
        こういう人々の名において
       ノーベル平和賞を受けることを
          ありがたく思っています。

      今日9月5日はマザー・テレサの命日です。
            
  

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外山にあそぶ

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 太田カルテットのメンバーが使った楽譜、楽器を所有しているYさんから、もう春先に、「外山に美味しい枝豆をゆずってくれるところがあるから行きましょう」とお誘いを受けていた。先週電話で、「4日はどうですか?」ということで今日、Yさんご夫妻に主人とわたしがご一緒した。
 以前、あらえびすのサイン入りの著書を下さったのは、このYさんである。
出しなに、主人がCDの棚からYさんのためにブラームスの交響曲第一番を持参。車の中で聴くためだ。
 天気はくもり。Yさん宅へは坂道を登らなければならないが、もう時間には坂の下まで降りて待っていてくださった。

 Yさんの近況に耳を傾けてから、CDをかける。Yさんが、「この曲はブラームスがベートーヴェンの影響を強く受けた作品で、ベートーヴェンの曲と思わせる」と。また「交響曲を油絵とするなら、カルテットは墨絵のようだ」とも仰った。そうすると私がこの頃聴いているリコーダーや教会の姉妹たちが最近取り組んでいるオカリナは、差し詰め透明水彩だろう。 

 外山は車道の高原の至るところにすすきが風に吹かれ、もうすっかり秋の気配。
とある農家の庭先に車を乗り入れた。

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軒先には冬に備えてストーブのための薪が積まれてあった。

 枝豆は大きくて甘いという。その他白菜、大根、ニンジン、夕顔を買い入れる。南瓜はサービスとして頂戴した。

 天峰山を見せたいとYさん。山頂では、岩手山、姫神山と対峙する。
石川啄木のふるさとである玉山区を一大パノラマと眺望できる。天気のよい日にはハングライダーやパラグライダーを豪快に楽しむ光景も見られる。
 頂上に差し掛かると、折しもガスが下界から盛んに登ってきて、景観はみな覆われてしまった。

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 「申し訳ないです。天気が悪くて」と奥様。
しかし私の考えでは、たとえ嵐であろうが雪であろうが、その状況ならではの見るべきものがある。腕が悪いかカメラの性能が追いつかないかで、記録された写真はこの程度だが、下から濃霧が力強く這い上がってくるさまはなかなかに見ごたえがあり、さまざまな連想を呼び起こすに十分な不思議に満ちている。
 帰りにはイヌワシが大きく弧を描いて悠然と飛ぶさまに出逢った。幸運だった。

 ご夫妻を自宅の門の前までお送り申し上げ、ご健康を祈りつつお別れをした。

 Yさんは、毎週火曜日に少人数ではあるが、最寄りの公民館で合奏を楽しんでいる。たしか13年目になると聞いた。大正、昭和の岩手のヴァイオリニスト赤沢長五郎の弟子である。

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螺旋階段

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   ついてまわる
     足下には踏み絵
   頭上を遮る鉄の板
     360度のパノラマ
   一人がのぼる
     二人がのぼる
   そして三人
     四人、五人・・・
   いつしか天に抜ける

    カノンの無限上昇

     

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賢治さんの像

       

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大館町に行った帰り、夕顔瀬橋をわたり、材木町に折れると、宮澤賢治像がありました。
像に樹木の影が落ちて像全体が暗く、フラッシュを焚いて撮りました。
 写真では見ていましたが立体的な賢治さんは初めてです。帽子にマントのシルエットに親しみを持っていたので、すこし違和感を抱きもしました。けれども表情にやさしさが。やはり賢治さんにまちがいありません。


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ひつじ雲を一匙

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ひつじ雲を一匙とりてコーヒーに流しこみたし秋桜の窓

                        ぶんな

    ♠  ♠  ♠  ♠  ♠  ♠

 きょうは一日自宅にいて家事のあいまに文芸誌の原稿書き。今回は出せないと思っていたのです。締め切りは八月末、それが取りかかったのが先月18日。祈りながら書きました。小説です。書かない日もありました。きょうでちょうど35枚となりました。予定は30枚でしたが、もうすこし書かなければ形にはなりません。いまは書かせていただいているという感じがしています。推敲もしなければなりません。

 写真も底をつき、きのうなどはあまり出たがらないサルビアを強引にアップしてしまいました。栗のイガの方は出番が来て喜んでいたようです。

 団栗や秋明菊、秋桜、蜻蛉などなど、人様の前に自信を持って出られるように存在感のあるように撮ってあげたいのですが・・・できれば彫刻も撮りたいのです。

 

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