ペシャワール会 伊藤和也さんを悼む
2004年4月22日アフガニスタンにて(「アフガニスタンの大地とともに」より/ペシャワール会編/石風社刊)
伊藤和也さんの写真展。展示室に入り、大写しの伊藤さんの写真にお会いし、進むにつれ胸を揺さぶられ、落涙を防ごうと顔を堅くして回った。
ペシャワール会の現地ワーカーとして2003年から5年間アフガニスタンに緑を取り戻すために貢献し、31歳で凶弾に倒れる。
中村哲医師の弔辞が掲げられてあった。2008年9月9日付。
伊藤さんを悼む文面とともに、中村医師自身がキリスト教者であることを初めて知った。イスラム教の人々がイスラム教徒として存在して何が悪いかとし、伊藤さんの死後も単独で現地に入り水路を完成させている。自ら異教の地に入り、飢餓に直面している500万の人々に水と食べ物と医療を提供せんと命を賭けている。
伊藤さんの農業ワーカーとしての働きを活字でしか知らなかったが、今回写真を観せていただくことにより、それがどれほどに人々を生かし人々に希望を与える内容であったかが分かった。
簡略となるが
2004年10月農業プロジェクトへ移動。試験農場のダラエヌールに移り、井戸の掘削作業に参加。底の見えない井戸をロープ伝いに降りてゆく伊藤さんの地上を見上げる顔。
2004年1月30日用水路工事現場で日本人ワーカーとともに、中村医師の隣で腕組みをして立つ伊藤さん。
2005年3月4日用水路5、4㎞地点までの通水を現地のショベルカー運転手とともに喜びあう姿。
ダラヌエール診療所でスレイロン山脈を望み観た伊藤さん。
2005年3月10日茶作り指導にあたる伊藤さん。3年後には茶摘みとなり、試飲で何度もトイレ通いを。
2005年日本米の田植え。2007年9月10日収穫は日本を上回った。
サツマイモの冬季保存に成功。2005年2月26日春の苗床作り。
ブディアライ試験農場で菜種畑を。2005年3月20日。
2005年3月10日ブディアライ試験農場で蕎麦打ち。
除虫菊の栽培。(マラリアを媒介する蚊の駆除。農薬として有効)
子どもたちが大きなサツマイモを喜ぶすがた、ブディアライ村の完成した灌漑用井戸水でさっそく水浴びするこどもたち、その他たくさんの子どもたちの笑顔、すがたを伊藤さんは写真に撮りました。
人がその友のためにいのちを捨てるという、
これよりも大きな愛はだれも持っていません。
聖書ヨハネ15:13
※本分は著書からの抜粋ではなく、写真展を観、心打たれたものを筆記しました。
伊藤和也さんの写真展は岩手県公会堂で8月14日(金)まで
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けさ5時7分駿河湾を震源とする震度6弱の地震が。6時半頃に知り、静岡、東京方面に家族、兄姉、友人知人がいるため、大変心配しましたが無事でした。毎日新聞から「87人重軽傷」(13時54分配信)とヤフーに出ていました。お見舞い申し上げます。
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