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雑感ー言葉にしようかなー

  きょう午前は舅の定期検診のため、某病院に同行した。特に異常もなく、これまでと同じ薬を数ヶ月分処方されただけで済んだ。ただ待ち時間が長い。
 時間を空費するよりはと開いた雑誌に、矢崎鎮四郎のことが出ていた。

 矢崎鎮四郎の筆名は嵯峨の屋おむろ。
明治22年発表した「初恋」が好評で美妙、紅葉に伍する注目を浴びていたらしい。意外だったのは、彼が、内村鑑三の影響を受けてキリスト教に帰依していたこと。それで文学への執着が薄らいだというのだ。これは傍目から見ればということだろうが、そのあとは時代からも取り残されたかたちで困窮状態に。40過ぎで陸軍士官学校のロシア語教官になり、暮しを立て直している。

 矢崎鎮四郎に共なるパラクレトスは、文学上の欲望、成功、名声を価値なきものとしてしまったのだろうか。

 たとえが適切かどうかはわからないが、
 天才的な贋作者エルミア・デ・ホーリーは1000点もの贋作を描き売りさばいていた。ルノワール、モディリアーニ、ドラン、デユフィ、ヴラマンクがお得意だった。彼はユダヤ人で同性愛者。ナチスドイツの収容所経験もある。
 その彼が描いた〝優れた〟贋作はけっこう売れた。買った美術家、コレクターたちは、専門家によって見破られるまでは、悦に入り満足していただろう。しかし、一たび、そこに贋作と鑑定できるものが現れたとき、忽ち贋作は贋作の正体をあらわし、それなりの扱いとなる。

 矢崎の文学への熱意、矢崎の作品が、贋であったとは思わないが、文学を生き甲斐とし、文学に満足していたところに、矢崎の前に、より本物が出現してしまい、これまで価値を置いていたものの価値が薄れた、そういうことではなかったか。

 傍からどのように不利益でマイナスに見えても、じつは本人は真理をはっきりと掴み取っており、決して揺るがされない、そんな場合もあるだろう。

 パラクレトス。真理の御霊。

 やはり深夜ということで、言い回しがくどくなっている。もっとすっきりとまとめたかったのだが・・・

   ◆   ◆      

 マダガスカルジャスミンは順調に葉を伸ばしている。待望のアガバンサスは蕾がわれて、いまにも咲きそう。朱色のピエロは4つも大きな蕾がついている。もうよくよくの悪条件が重ならない限り死なないはず。クリンソウは白い花と赤い花が並んで立派な丸い花をつけている。アヤメは数えるのが億劫なほど花芽をいっぱいに。

 なるべく木を伐らないようにしよう。苛酷な夏にすこしでも涼しい居場所を提供してくれるはず。白いルピナスはもうそちこちに点在。そろそろ薄いピンクのルピナスも点在させるといいかも。てっせんや昼顔が伸び出している。スズランの色がくすみ、おきなぐさの実がぱやぱやと夕陽に光っていた。

 窓から涼しい風が吹き込んでいる。この風から花のメッセージが次つぎに届く。どんぐりからはマイマイガの一齢幼虫の報告。塀の外回りのバラからは、アブラムシ発生のお知らせ。塀の外回りのビオラは、頭上に松の木が茂って雨があたらず喉がからかららしい。

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