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2009年4月

綱取ダム

 4月もあと二時間でおわりです。2日の花巻東高校の春の選抜準優勝がまるできのうのよう。はやいものです。この月ほどまめに写真を撮ったことはかつてありませんでした。面白さむずかしさがわかりました。
 4月の締めくくりは「綱取ダム」。ネットを歩いていたところ、「ダム好きさん」がありました。わたしも該当者です。

 花巻に住んでいたときにも、豊沢ダムや田瀬ダムに何回か行ってみました。旱魃で豊沢ダムが干上がっていたこともありました。そのときに詠んだ句です。

 旱魃やダム底の村見えて来し

 ふだんは満々と水を湛えているダム湖。それがいったん干上がったときには、往時の村のひとびとの暮しを彷彿とさせる形状がまざまざと日に晒されるのです。

 田瀬ダムは花巻市東和町にある北上川水系では最大のダムです。堤高81.5㍍。堤頂長320㍍。総貯水容量146.500.000立方㍍。事業主体は国土交通省東北地方整備局。施工西松建設。着工1938(昭和13)竣工1954(昭和29)。後年施設改良。放水のとき堰堤にまでもんもんとあがる水飛沫、水煙、満々と水を湛える湖は実に壮観なものでした。

 綱取ダムは堤高59㍍。堤頂長247㍍。総貯水容量15.000.000立方㍍。着工1972年。竣工1982年。事業主は岩手県。本体施工者間組。

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青柳の

      

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青柳の枝の浸りて中津川に
      木霊の深き祈りを聞けり
                   ぶんな

             

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青柳の枝をも幹もうけ容るる
      川面は雲もうけ容れ流る
                  ぶんな

             

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豚インフルエンザ

 お隣韓国にも、豚インフルエンザに感染したと推定される患者が出た。やはりメキシコから帰国した51歳の女性だ。メキシコでは28日で死者が152人に達したようだ。(時事通信)感染確認、或いは感染の疑い例のある国は16カ国にのぼった。

 花巻市に住んでいたころ、養豚をしている農家を見つけた。豚舎を仕切り、家族単位で飼育しているのだった。子どもたちに見せたいと思い、許可を取ってから後日また訪れると、こんどは別な方が世話にあたっていた。その方は、「豚舎に細菌が入っちゃ大変ですから」といった。一旦は許可されていたので内心がっかりした。子どもたちを連れて帰ろうとしたとき、「ちょっとだけいいよ」といって、子豚をだっこさせてくれた。そして1時間ちかくも、じぶんたちがいかに理論的に研究しながら取り組んでいるか、まだ余所では徹底されていないが糞尿をいかに公害にならないように完璧に処理しているか、病気感染がどれほどに怖ろしいかを話してくれたのだった。優れた経営者だった。

 最近になって次つぎにウィルス感染による大量死、被害が報道されている。医療の恩恵を受けにくい、またウィルスに関する知識を得にくいところほどいとも容易く発病や死者の数を増し加えることになるのかと思う。WHO、或いは各国、厚生労働省と、出だしに遅れがあった米の例もあるが、全力をあげて阻止、撲滅に取り組んでいる。

 いっときもはやい快癒と感染の阻止を祈りたい。

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綱取大橋を眼下に

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 ダム湖に架かる橋は綱取大橋です。橋脚は52メートル。幅10(歩道1.5×2)メートル、長さ195メートル。

 市道天神銭掛3号線です。住所は盛岡市浅岸、ということはミニバイクでも簡単に行けるのです。急勾配を汗だくで頑張れるなら自転車も可。

 撮影地点の後ろにはテニスコート、グランドがあり野球、サッカーができます。ダム湖では釣りができます。公園も整備されています。

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これがわがまち

去年ユリ科のアガバンサスを半分株分けしてくださったAさんへのお礼に、ピンク色のシンビジウムを株分けして差し上げた。それが咲いたという電話をいただき、お邪魔してみることにした。

 いつも時間倹約のために、自転車かバイク、車だが、きょうは運動不足解消のため歩くことに。すこしでも季節を享受しようと、上の橋からは、中津川沿いに散策する。山の雪解けもかなり進んだろう。流れがひたひたと岸辺を洗っている。柳の緑がまぶしい。対岸の銀杏も芽吹き始めている。散り残った桜が曇り空に染みるように咲いている。
 右折。与の字橋を渡る。ここに架かる橋は、もとは旧第一銀行が架けたところから「銀行橋」といわれていたが、洪水で流失後、紺屋町消防「よ組」がかけ直したことから、「与の字橋」と呼ばれている。

 渡りきり左折。久方ぶりに官公庁街の樹木を見上げる。これまで気づかなかったが、県合同庁舎前のユリノキ・ケヤキ群がかなり剪定され、中空に切り口をさらしている。
何れもまだ葉っぱは出ていない。これらは裁判所のモミとともに盛岡市の保存樹木だ。トチの並木などを見上げながら歩く。鈍い銀の雲のしたに凹凸を成すビルに、裸木も意外によく似合う。

見あぐればまた新たなる空のあり
これがわがまちこれがふるさと   
             ぶんな

 Aさんの店先にはたくさんの鉢植えが並んでいる。シャクナゲ、シクラメン、サボテン類、ホタルブクロ、君子蘭等々。みなAさんの温かな人柄を慕い出入りする人々から送られたものだ。たしかにシンビジウムが二本咲いている。わたしが外で見ていると、Aさんが出て来られて、「よくきたごど、待ってだった」といいながら、わたしの背中を店の中へと押してくれた。きょうは小雨がぱらつきすこし肌寒い。椅子のそばに置かれたヒーターが温かかった。

   ◆  ◆  ◆  ◆

 散った桜のはなびらが街路に延々と。
一りんひろって帰る。

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きょうのことば

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 イエスはシモン・ペテロに言われた。「ヨハネの子シモン。あなたは、この人たち以上に、わたしを愛しますか。」

 ペテロはイエスに言った。「はい。主よ。わたしがあなたを愛することは、あなたがご存じです。」

 イエスは彼に言われた。「わたしの子羊を飼いなさい。」

 ヨハネ21:15

 

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しだれ桜とチューリップ

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翁草

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きょうは午前中、庭の草取りでした。姫踊子草が敷地を埋め尽くす勢いです。枝垂れ桜満開。チューリップの半分が開花。桜草は蕾。鈴蘭(またの名を君影草、谷間の姫百合)、百合、彼岸花科のアガバンサスは芽がでたばかり。

 10年前、この庭には真っ白なスミレがたくさんあったのです。それがいつの間にか花びらの中心に青い色を帯びたスミレばかりになってしまいました。勿忘草は、白は白、青は青のまま変わらずに咲きはじめています。

 そんな中で、翁草が咲きました。一昨年、朝市で買ったものです。茎も葉も花も実も、何ともいわれずものやわらかで優しげな花です。

 宮沢賢治は翁草をこう説明しています。
「うずのしゅげは植物学ではおきなぐさとよばれますが/おきなぐさという名はなんだかあのやさしい/若いはなをあらはさないようにおもひます。
  まっ赤なアネモネの花の従兄、/きみかげそうやかたくりの花のともだち/このうずのしゅげの花をきらひなものはありません。」

 うずのしゅげは、わたしには、天地宇宙の無限なるもののやさしさが咲きいでているように見えます。

 この優しげな翁草が毒草であり薬草でもあるようです。鈴蘭もアネモネも毒草だというのも面白いところです。外敵から守られるための術なのでしょうか。

  ◆   ◆      ◆   

「わたしは近くにいれば、神なのか。
ー主の御告げー
遠くにいれば、神ではないのか。
人が隠れた所に身を隠したら、
わたしは彼を見ることができないのか。
ー主の御告げー
天にも地にも、わたしは満ちているではないか。
ー主の御告げー」
      エレミヤ書23:23、24


  

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天沼三津子 the 8th 七宝に遊ぶ展

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ブローチ

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ペンダント

これ以外にも指輪、可愛い猫の顔のペンダント、蝶のブローチなど多数展示しています。

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伐採

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伐採はチェーンソーを使えばまたたくま。

木がここまで育つのには何十年かかったやら。

クリックすると木の表情が見えます。

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雑感

 きのう午後、市内の桜を2時間でぜんぶ見て回るには・・・と考え、50㏄バイクで先ず岩山に登った。盛岡市全体を盆地に見下ろしたが、曇天の下に桜の精彩が失せて、でかける前に期待した市街に点在し、或いはかたまって一区画を彩るさまを一望というわけにはいかなかった。展望台足下の桜はまだ早かった。しかし姫神山、岩手山、南昌山と連なる山々は潤み堂々と存在感があった。山を下りながらまだまだ飛散しそうな路上脇の杉花粉を見上げた。
 三ツ割から北山の裏通りに抜け、高松の池に出る。ちょうど夕陽が水の面にまばゆく映えている。下手な写真家でもいくらでも良い写真が撮れそうだ。近景にたわわな桜の枝を入れ、遠くに小さく黒く浮かぶボートと帰りそこなった一羽の白鳥が浮かぶ湖面。対岸には延々と桜が咲き、その外回りには、こぶしなどがハーモニーをなしている。美しい写真が撮れる条件が揃っているところだ。しかし残念ながら、来る途中に真新しい木の切り株や枝の切り口をたくさん撮ってしまったために、高松の池はたった一枚しか撮れなかった。
 きょうは終日小雨。23時半のいまも音を立てて降っている。せっかくの桜がびとびとにしょぼくれているだろう。
 岩手公園も気になったが、もうきょうはこれで十分として一気にバイパスを駆け抜けて帰宅。1時間ばかりの花見となった。
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 本来ならプロの作家のことはあまり書かないのだが、きょうはエッセイストで絵本作家でもある澤口たまみさんのことをすこし。
この方を、わたしは作家ではあるけれども自然科学者と意識している。花巻にいたとき、花巻農業高校での講演を聴いたことがある。虫への興味はやはりこの方の影響が大きい。spade ブログにすみれの見分け方が書いてあった。これがとてもわかりやすかった。嬉しいことに、ブログ訪問したことで、当方のブログにも目を通してくださったらしい。掲載のすみれに「園芸品種の野生化したもの」とのヒントを頂戴することができた。感謝である。この一言で、我が家のすみれがぐんと存在感をましたのは不思議であった。clovertulipclovertulip

 きょうの岩手日報夕刊。ことしも作家たちによる文章講座が始まるようだ。若く才能ある方々がこのような機会に熟達されてどんどん羽ばたいて頂きたいと、いまはこのようなかなりまともな心境となっている。「自分が、自分が」のときはもう要らない。自分は無理なくじっくりと文章の齢を重ねつつ、周囲の新しい才能、地道な書き手の存在を喜んでゆきたく思う。pencilaries

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「木槿通信」から

墓前に金瓜たてまつりて捧ぐる歌一首

  瓜食めば 父を憶ほゆ

  黍食めば 母を偲はゆ

  豆・黍は 馬の餌ぞと

  ののしりて 瓜に目がなき

  父母の 昼のうたげは

  ステテコに 団扇 涼風

  遙かなる 夏のひと日よ

  瓜をば剥かむ

個人誌「木槿通信」の吉田美和子さんの作品です。 自分の両親が思い出され、こんな詩も書きたくなったことでした。   

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きょうのことば

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「あなたのいのちを穴から贖い、
あなたに、恵とあわれみとの冠をかぶらせ、
あなたの一生をよいもので満たされる。
あなたの若さは、鷲のように新しくなる。」
          詩篇103:4、5

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これは何というすみれかな?

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  庭先のすみれです。咲いてからもう4、5日になります。はやく撮っておこうと思いつつ怠っているうちに虫に食べられたらしく、花弁にぎざぎざができていました。

 子どもたちが社会に出てしまったときに、置き所がなくて図鑑類を処分してしまいました。いまになって後悔しています。
 先日も、「ヒマラヤ雪ノ下」を間違えてしまいました。このときのブログを更新したあとで「おばかさん」という言葉が心に響き、あっ、やっぱり間違ったかなと思ったのでした。この「おばかさん」はたまに聞こえます。う~ん、怪しいな、というときに聞こえますから、自分の無意識からの警告とでもいうのでしょう。

 しかし救いの手もさしのべられ、友人の時子さんがすぐに気付き、あっ、これは大変、はやく教えてあげなくちゃ、と何と調べてくださったのでした。「友だちが恥をかかないうちに一刻もはやく」という温かさが伝わってきました。
 このブログはこのような善意の方々に支えられています。
 
 話は横道に逸れましたが、今朝でかけるまえに、なぜかきょうは撮らなければとカメラを向けたのでした。そして21時過ぎにアップ。

 近いうちによい図鑑を準備しなければなりません。

 もと県立短大校舎だった敷地にもすみれの群落が。

 子どものころに見たすみれの群落は、大人になってからも何度も夢に見、同じものを見たいと現地に行ってさがしたのですが、見つけることができませんでした。

 

 

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雑感

 スギ・ヒノキ花粉の飛散終息が例年より一週間はやまるとか。17日の環境省発表だからこんどこそ。東北は5月上旬。
 花粉症になり始めた年は、てっきり風邪だと思いこみ、やたらに風邪薬を飲んでいた。10日ほど経ったところで、これは風邪ではないなと。

 きょうは喫茶ママで、全国的な作品を次つぎに制作している天沼三津子さんの七宝焼の展覧会があった。マスクをして出かけた。それでも自転車をこぎながら、くしゃみが出て困った。涙、鼻水。
 花粉症がなかったなら、作品も、途中の桜も、ゆっくり見ることができただろうに。
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さくらのひとりごと

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盛岡地方裁判所の石割桜

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花を咲かせたら
たくさんの人たちが
木の周りに
木の下に
朝から晩までひっきりなし
空がこんなに青くて
日ざしもぽっかぽか
こんな日は
一本でじっと立っていても
ちっとも寂しくはないのに
人・ヒト・ひと
写真を撮ったり
お昼を食べたり
歌をうたったり
楽しいけれど
賑やかすぎて
ちょっと疲れぎみ

秋になって
葉っぱが落ちて
もうじき雪がふるというとき
寒さと
寂しさで
枝という枝が
ぷるぷると震えていても
だーれもやってこない
ほんとうは
こんなときこそ
来てくれたら嬉しいのに

そんなわけで
そんなときは
ぼくはしかたなく
枯葉と
かさこそかさこそ
おしゃべりするのさ
またおおぜいの人たちがやってくる
春を待ちながらね
      
       

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大統領の年収

 んっ、と思って書き出すことの締めがどうなるか見当もつかないので、タイトル欄はあとで埋めることにして、っと。

 YAHOO!JAPAN海外トピックス
「オバマ夫妻年収2億6千万円」(時事通信)

 日本に軸足を置いてはいないことは明らかで、今後米から何らかの防衛面、経済面の〝恩恵〟を受けることがあるとしても、先ず日本側が米にそれ相当の提供をしている場合となりそう。というわけで、オバマ氏が日本に何かを計らってくれるとの期待は、わたしは持っていない。ただ日本にもこんなリーダーが欲しいと思う。オバマ氏がいま何をどのようにしているかには目が行く。ファンの一人だ。期待感をもって見ている。失言したときには正直がっくりきた。しかし期待感はそう揺るがなかった。

 昨年の年収2億6千400万円。なぜこの数字になっているのかが分からないので、見たときはびくっとした。読み進むと、ほとんどは著書「マイ・ドリーム」などのベストセラーの印税だという。税金8500万。米国援助物資発送協会、黒人大学基金連合などの慈善事業への寄付1700万。

 それに続くコメントが面白かった。
激務からすれば、報酬が安すぎる。
日本の政治家の年収は3400万だ。
恥知らずのウォール街。
倒れかけた会社が政府の援助を受けて役員は1億のボーナス。
AIG、金融、株屋の収入はおかしい。
たったそれだけ?プロ野球選手並。
ビルゲイツの方が上。

これからも貰いすぎといわれないように頑張って欲しい。

黒人大学だけに寄付をしぼるのはおかしい。
(これに対し)
貧しさ故に教育を受けられない黒人の苛酷な歴史を知らないからそんなことをいうのだ。
・・・・等々‥・・

ホワイトハウス入りを果たす犬が誰のプレゼントで何種かはどうでもいいけれども、(楽しい話題ではあるけれど)

 衣食足りて礼節を知る。これが足りなくとも立派に生きられる人が果たして何人いるだろう。わたしだって自信がない。誰もが住むところがあり、食べるものがあり、着るものがある、これは最低限の目標といわれるかもしれないが、しかしこれが徹底して達成されている国があるのだろうか。8億の飢餓に本気で取り組んでいるひとがどれだけいるのだろうか。すこし手を貸せば助けられるところには手を貸す人もある。しかし本当のどん底にある人々のことは、ほとんどの人が見て見ぬふりをしている。

 当初、オバマ氏にはこんなところの改革も期待できそうに思えた。・・・経済、環境、防衛などの難題のなかで、果たしてどこまで救いを求める人々に応えうるのか。どん底にある人々をも救いうるリーダーならば何億でも支払う価値があると思う。

 

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大信田時子 人物画展 3

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松見秀甫(英子)日本画展ー卒寿記念ー

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シンフォニエッタ・盛岡 第3回春のコンサート

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ヴィア・ドロロサ

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去年のゆり 

 あるブログでは、ヴィア・ドロロサ(悲しみの道)には14のステーションがあると写真を何枚か載せて説明してくれている。それをたどっているうちに、大変心打たれた。

 そのうちの第5ステーションはどういう地点であったか。

 イエスが十字架を負わされ、ゴルゴダの丘へとのぼってゆく。いなかから出てきたクレネ人シモンがたまたまそこに通りかかった。ローマ兵は、このクレネ人シモンをむりやり引っ張り出してイエスの十字架を背負わせたのがこの第5ステーションだった。

 十字架がどんな意味をもっているのかも知らずに、イエスに代わって十字架を背負う。世の中には何も知らないまま、そんな役割を担うことがあるように思う。どのケースがそうと軽々しく言えるものではないが、たしかにあると思う。

 そして重荷を肩代わりし、労苦のさ中にあるものに対しても、神はやはり「我が恵、汝に足れり」という言葉を準備し、その労苦を恵に変えることがある、これもまた真理であると思う。

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雑感

 ここのところスギ花粉症がひどく、飲み薬、点鼻、点眼薬で対応しているが、鼻づまりのため不眠症となっている。例年、桜の開花とともに解放される。
 それがきょう、待ちに待った開花宣言があった。例年より10日早い。躍りあがって喜ぶ気になれないのは、スギ花粉予報によれば、今年の場合は、葉桜のころにまでずれ込むとか。
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 熟睡できないために、今朝方さまざまな夢をみた。指揮などしたこともないのに、出来るはずもないのに、夢とは怖ろしいもので、第九を指揮していた。第4楽章に入り、バリトンが滑り出すところで腕が動かなくなり目が醒めた。

 もう一つ鮮やかに残っているのは、10㌢大のナナホシテントウムシにお目に掛かった夢だ。バーミリオンヒューのように美しく輝く赤に黒い斑点がついている。わたしは、すごいものを見つけたと驚きながら、どでかい半球形のこの虫の横に物差しを置いてカメラを構え正にシャッターを切ろうとしたその途端に目が醒めてしまった。何れも滑稽なだけの話だが、思わぬ余得に預かった気分でもある。
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もりおか童話会で発表する原稿をかかなければと思いつつ、何か今ひとつ気乗りがしない。T子さんが「お貸ししたい小冊子があります」と仰っていたのを思いだし、電話をしてみると「どうぞ。いま家の後ろの梅も見ごろ」ということでお邪魔してみた。T子さんが丹精こめた花壇も色とりどりの花が見ごろだった。傍らのテーブルで茶菓を頂いた。

 お借りしたのが、「別冊・おなご 第24回千三忌 27号」2008年・12 と「木槿通信」の第18号と第20号。小冊子とはいえどちらも質の高い内容である。
 全力で詩を創作した時期もあった。それを懐かしむということは、現在の自分には若干それが欠けている。「おなご」「木槿」ともに単に創作するというだけでなく、学び、理解を深め、行動し(「おなご」のなかの中国旅行の紀行文も圧巻だった)反省し、執筆している。この水準に届くとも思わないが、さらによく読んで、学ばせていただこう。

 桃の花は青空によく映えてきれいだった。
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 午後からは掃除、そしてその後、主人と肥料や小松菜やサヤインゲンの種を買いに出かけた。夕食は冷蔵庫のあり合わせメニューとなった。eyeglass

 

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イースターおめでとう!

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イースターエッグと栞です。
 「
今やキリストは、眠った者の初穂として、
死者の中からよみがえられました。」
             第一コリント15章20節

 

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「しゅうかいどう」は「ヒマラヤ雪の下」

 昨夜23時頃に昨日のブログのことでメールを下さったT子さん。
「しゅうかいどうは8月ごろに咲くので、これはヒマラヤ雪の下では」
ちょっと怪しいかなと思いつつ確かめずに書いてしまい失礼しました。
確かめたところ、やはり「ヒマラヤ雪の下」でした。お詫びいたします。訂正しておきました。

これで〝ぼけ〟がわかっちゃいましたね。〝ぼけ〟公開です。 

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                                        ヒマヤラ雪の下

  疲れてない? 元気だしてね。 だいじょうぶ? 気にしない気にしない!

神さまのなぐさめは花の中にもいっぱい!!



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ことし初めて室内で会った虫ーカメムシー

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 窓際のアガバンサスに登場したカメムシです。昨夜、出没時間も大事かなと時計をみると20:00でした。アガバンサスの葉を上へ上へと進んでいました。上の写真は、筆者が寝ぼけていた分だけぼやけてます。下は、目が醒めた分だけすっきりとしています。クリックするとすこし大きくなります。

 水仙はそろそろつぼみ。桜も蕾。梅は3輪ほど咲き、椿はまだ緑の蕾。田園地帯では田植えが始まっています。

 もうじき春の花々が、一斉に弾けるように転がるように笑い歌うようにイーハトーブの樹木を大地をおおうでしょう。こうなれば、もうシベリウスの「フィンランディア」やベートーヴェンの「田園」も負けてはいられなくなるのです。

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またもや新ウィルス国内でープラム・ボックス・ウィルスー

  プラム・ボックス・ウィルス発生(東京青梅市の農園)で、アブラムシの一斉駆除が始まる。それとは別にアメリカなどのミツバチの激減もエイズウィルスが原因との説が有望らしい。ラナ・ウィルスといい、これからもこの国には無かったウィルスがある日突然確認され、跋扈すると考えられる。

 数日前、亡くなられた庭師さんに代わって、庭木をお世話してくださっている方が、「今日は無料で庭木の消毒をします」と見えた。とにかく薬をかけたくないと、取りあえずは遠慮したのだが、この判断はもしかすれば間違っていたかもしれない。国内での新ウィルスがもしここで発生した場合、或いは既存のウィルス発生でも同じだが、近隣に忽ちに蔓延するだろう。そうなったら謝罪の言葉だけで済むとは思わない。

 ウィルスの立場で、ミツバチの立場で、アブラムシの立場で、彼らの生存権をも尊重しつつ共存するのは、もはや叶わぬ童話だけの世界となりつつある。

 消毒が生態系に好ましいかどうか。しかし自らを生かし、人を生かすためには消毒せざるを得ない。人とは所詮、この地上でもっとも身勝手なのだ。何らかを破壊すると知りつつも、「すまない」と思いつつも、大方は、不都合なものを恐怖の的と位置づけて抹殺し、生きて生きて生き延びようとする、ヒトとはそういう生き物らしい。

※ウィルスは生物学上は非生物とされているらしい。


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いのちいっぱい

 20:00ごろ、窓際の鉢植えのアガバンサスにカメムシが動いていた。植物が虫とともにある、これが自然な姿なのだろう。さっそく写真に撮ったが、まだ開けていない。たぶん巧く撮れてはいない。カメムシはテッシュで捕まえ、外に放した。

 午後に球根を土に植え込んだ。太いミミズを3匹ばかり見た。ダンゴムシも動いていた。大きなカタツムリはもう3つ確認している。ほんとうに殻の中で生きているかどうかは確かめていないが。
 それとモミジに去年の蜂の巣があった。

 農場や動物園に飼われている羊や牛や馬、それに猫や犬や、鶏やアヒル、鳩、雀もほんとうは同じ敷地内に、虫も植物もともに住み生きることが理想的なのだろう。

 昔実家の開けはなった窓から夕暮れにコウモリが飛び込んできたことがある。黒くて掌におさまる可愛らしい生き物だった。洞窟にでもいけば棲息しているだろうが、いまはもう見ることもない。

 生き物たちが身の回りからどんどん遠ざかっている。いなくなっている。しまいには、図鑑でお目に掛かるしかなくなるのだろうか。
 菌の世界にも異常が起きているらしい。眼に見えない多くの生き物たちが、見ることもないまま消えゆきそうだ。

 生きとし生けるものはみな輝きたいはずだ。人だって、花だって虫だって、魚も貝も。すべての動植物、それに海や川、空、天体だって輝いていたいはずだ。

 いのち
 いっぱい
 じぶんの
 花を     みつを

 いただいたカップにもこう書かれていた。




 
 

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春のおしゃべり

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佐々木和一郎ー傾きかけた屋台骨を再興した人ー

 その昔、盛岡市近郊である旧太田村に屋号を宰郷と呼ばれた大地主があった。その租は丹波の工匠であった忠兵衛が太田村に根を下ろしたことに始まる。三代目忠兵衛は貨殖に励み、農業を精励し、巨万の富を築く。飢饉のときには邸内に救小屋を開設。乞食を収容し施米したと伝えられる。その名は全藩にとどろき、宰郷という屋号もそのころ藩主から賜ったという。一方忠兵衛は放漫経営から二万五千円という借財を遺すこととなる。

 これを継いだ佐々木休太郎は畜産、殊にも馬40頭の飼育を試みたがはかばかしくはなかった。乗り出した植林事業はまずまずだったらしい。休太郎は明治25年に没する。

 佐々木和一郎が後を継ぐ。明治五年二月生まれ。十九歳で県立農事講習所卒。
和一郎は経営の帳簿、家計簿にいたるまで、徹底的に調べ不合理を洗い出し、経営の建て直しを断行。十年計画で借財の精算に乗り出した。
 大百姓制度を廃止し小作制と為す。伝来の重宝を売却し自ら率先して贅沢を廃し、質素倹約を徹底させる。年々予算を立てて、収支を明確にした。植林に傾倒する。
 時間厳守を励行。紙くずをも徒に捨てず、整理整頓を徹底。子女の間食、暴飲暴食を極端に戒め家財道具、建築物にも購入の月日、費用を金物に至るまで記帳。仏事に酒を禁止する。
 周囲のものから、村民からも反感と憎しみを買うが、揺るがず妥協せず、ついに十年計画のところ八年で借財を完済した。
 その後は倉稟を開いて村民を潤し、公共事業に千金を擲ち、専ら救恤を旨として村民の蒙を啓き、村発展に多大な貢献をした。だが自らは終生酒、タバコは口にしなかった。
大正三年没。
 明治四十三年大浦農商務大臣より功労賞
 明治四十四年大日本農會総裁貞愛親王殿下より緑白綬有功章
 
趣味  明治三十年頃漁獲、写真。
     明治三十五年頃スケート、乗馬、旅行、卓球
        盛岡初の自転車購入
        各種博覧会に出た発明品の購入
     明治四十年頃歌留多、庭球
     明治四十三年頃スキー
役職   岩手郡農會長、勧業諮問委員、郡会議員、
             村農會長、村会議員、学務委員

   この佐々木和一郎の長男として明治二十八年に生まれたのが、太田カルテットのメンバーだった佐々木休次郎である。        

            ー以上太田村誌よりー
 
 

 

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きょうのことば

200926_020

「私たちはみな、羊のようにさまよい、
おのおの、自分かってな道に向かって行った。
しかし、主は、私たちのすべての咎(とが)を
彼に負わせた。」 イザヤ53:6

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朝比奈隆のブルックナー

 ブルーノ・ワルターは、「マーラーは神を見ようとした。ブルックナーは神を見た」といったが、朝比奈隆がブルックナーを得意としたところから、朝比奈版で聴いてみた。代表作品交響曲8番、9番。

 9番に関しては、1995年の大阪フィルが最上とする説もあるが、なにせ手持ちの範囲でなので、8番はハース版で2008年1月30日、9番は原典版で同年12月5日のものだ。ともに大阪フィル。

 8番。聴くなり、映画「十戒」でモーセがシナイ山に登り、神と会おうとするシーンが浮かんだ。3月末に映画を見たばかりで、印象が鮮やかだったからだと思う。3楽章アダージョは、自分をおおう未知なるものを神妙に確かめつつ歩みゆく。ー聴衆の咳までが録音されていたために、一ときは意識が聴衆のようすに移ってしまったのだがー金管が高雅(こんな言葉があったかどうかわからないが)に鳴り響くところで、神の核心に入ったかと思わせられる。4楽章では神の宣言、戦いが想像され、次第には淡々と恩寵を受けつつ確信をつかんでゆくかのようだ。

 9番は、これに深み、奥行きをだした楽曲と聴いた。9番を聴いて、まだ自分がこの曲を聴くに相応しい土壌とはなっていないのを覚えた。

 朝比奈が『
交響楽の世界』でいうには、「ブルックナーはベートーベン、ブラームスに比べてオーケストラが飛躍的に難しい。とくに弦のパートが難しい。
 オーケストレーションの問題などもあり、近衛秀麿は何とか日本でマーラー、ブルックナーをやろうとしたが、結局戦前ではマーラーは4番、ブルックナーも4番をやっただけに留まったらしい。

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クロッカスとハナアブ

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 クリックするとハナアブがよく見えます。アブといってもハエのなかまだとか。さて何匹いるでしょうか? クロッカスはアヤメ科というのにはびっくり!Wikipediaを検索したらアイガーを背景に、野性の白と紫のクロッカス群落の素晴らしい写真が載っていました。 http://ja.wikipedia.org/wiki/クロッカス

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 10年ほどまえ、庭にはさまざまな虫がいたのですが、近年めっきり減ってしまいました。理由は草取りのし過ぎかも。余所に比べると除草していない方ですが。

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 カマキリの卵嚢や3センチ大のカタツムリ、アブは見かけるので、まだまだ悲観的ではない。

 

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第81回春の選抜・花巻東高校ー逆境に屈せず最後まで戦い抜くことこそ勝利ー

9回裏まで勝利への望みを与え続けてくれた花巻東!!
 
「雨にも負けず、風にも負けず、清峰にも負けず」の横断幕の応援のもと、 互角に戦い続けて迎えた7回の表。清峰の橋本の2塁打に先制1点を許す。しかし8回裏、清峰の攻撃、1、3塁の大ピンチには鉄壁の守りで追加点を防いだ。守り続けてついに迎えた9回裏、花巻東は全力を傾注した。意地を見せたエース菊池のヒット、一塁進出。この終盤1、2塁と猛進撃。代打の佐々木の小気味よい打撃音幾たび。もうここで負けても立派だ、そう思った瞬間だった。1球1球に2万7千人のスタンドがどよめいた。この時点でさえも花巻東は、勝利の期待を抱かせつづけたのだ。

 試合終了。点数では清峰に勝利を譲歩したが、最後までよき戦いを戦い抜き、観戦する側にもいまだ負けたという実感が湧かない。
 若干焦った側面もあったが、見て良かった、応援して良かったという実感を残してくれた。

 花巻東校は最後まで良き戦いを戦い抜いてくれた。諦めるな!!というメッセージを全国に発信してくれた。


花巻東
校、ありがとう! おつかれさま!!

 さて15時となった。某スーパーは「準優勝おめでとう!」の札をさげているだろう。快挙だ。

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太田村誌667頁1行目について

 太田カルテットに関し、文芸誌「天気図」VOL.7にお願いし、論文を載せていただきましたが、大切なことを一つ書き落としておりました。

 太田カルテットの大きな企画の一つに、大正12年12月15日の「大文芸講演会」があります。これが太田村誌「朝燉(てうとん)に額ずく」の667頁1行目には大正13年となっていますが、正しくは大正12年です(根拠としては、同日の岩手日報新聞マイクロをご覧下さい)。太田村誌は基礎資料なので、書き加えるべきでした。

        

        


              

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花巻東高校決勝進出!!ー第81回高校選抜野球大会ー

 花巻東が何とかこの新年度の初日を飾ってはくれないかと、ただただ単純な動機からテレビ観戦した。それこそ野球を見るのも何年かぶり。
 
 それが大勝利だった。15時26分にパソコンを開けると、もうYAHOO!JAPAN
ニュースのトピックスに。

 ピッチャー菊池雄星君(3年)が、終始慌てずに完投。3回裏では利府が2点先制。敵が大きく見えた瞬間だったろう。しかしプレッシャーを乗り越え、5回表で1点を返す。ところが5回裏で利府は2アウト満塁。これを花巻東は見事なチームプレーで利府の追加点を防いだ。これは実に勝利に繋がる守りだった。6回表で花巻東は2点獲得。7回表利府の1アウト1、2塁も下し、8回表で2点獲得。勝利を確信させた。ついに5-2で勝利。
 強風の中、3人がかりで支え続けた団旗はついに立ち続けた!!

 6回表までは、決勝に行けるだろうか、よし行けなかったとしてもここで負けても、もう立派だ、そう思った。ところが決勝進出。

おめでとう!花巻東高校!!

 岩手県勢初の決勝進出。確かにこの目でみたのだが、まだ信じられない気分だ。明日は長崎県の清峰と戦う。甲子園に花巻東高校校歌が流れることを期待したい。

 さてもう16時になる。いまから喜んで夕方の買い物に出かけるとしよう。昨日でさえ、夕方の某スーパーには祝勝の札が。きょうはどんな事になっているか、数が増えているのか、横断幕か、太文字にでもなっているのか。もし明日勝ったら、もうこれは大変なことに。

 2009年4月1日。今年度初日、花巻東高校野球部が全国にイーハトーブの風を吹かせてくれた。

 

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