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2009年2月

富がすこしは均されるのかな

  明るい。空にはところどころ織りのこした紗一枚の雲が、屈託のない青空に幕を広げてはいるが、明るい日は解け残った雪を眩しく輝かせている。

 その日の中に書こうと思っても、取りこぼしてしまう事の方が多い。そんな中でも、これはすごいな、と記憶に優れているとも思えない脳裡に焼き付いたテレビ画面は、スイスの金融大手であるUBS銀行が、「脱税の疑いのある約250人の顧客情報を米税務当局に提供することに同意した」(ロイター)ニュースだった。富豪を切り崩す策はないのかといつも疑問だった。ついにUBSの扉にメスが入ったのだ。ただこうなればなったで、富豪たちはまた別な策を考え出すのだろうとは思った。それはそれとして、ともかく巨額を課税されるべき対象が開示されるのだ。

 26日といえばきのう。ニュースを見てから随分と時間が経ったような気がしてならない。ついきのうのこと。
 オバマ氏が「富裕層減税の打ち切りに加え、同層を対象とした増税に踏み切る」(時事通信)と。これは国民皆保険制度の財源とするらしい。

 暗黙かなにかはわからないが、日本に国債、防衛上のツケを回してくる側面には、こっちもしんどいのに何だ、という思いにはなったが、オバマ政権下での成り行きには、日々驚きの連続だ。

 定額給付金の発想には政治的な志の高さなどまったく感じられない。2兆円もの金をばらまくよりは、集中的に失業対策にでも充てたほうがよほど有効だと思われる。

 
 オバマ路線の成り行きが今後どうなるかは読めよう筈もないが、結末がどうであれ、いまは国民の多数が願うところを具現化せんと奮闘しつつあると見える。

 政治にまったく無関心だった一主婦が、日々ニュースを追うようになった。分かった事よりも分かっていないことのほうが多いという難点はあるが。ただきっかけはオバマ氏の大統領就任だった。こうしてみるとやっぱりオバマ氏はすごい! オバマ氏を選んだアメリカはすごい!!

 ここのところ米国国歌が口をついて出る。とはいうもののよく見ていなければならないのは、やはり自分がいま置かれている足もとなのだろう。

  

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伐られる飯岡新田のエゾエノキー市保存樹木?ー

「寄らば大樹の陰」という言葉がある。これは様々な意味を含んでいるようだ。大きな権力に寄りかかる、その傘下に入り安心を得る。同じ頼るなら勢力のある人がよい等々。大樹を求めるのは所詮志、魂胆の小さなものだという気がする。ただ近頃は〝大樹〟も崩れっぱなし。その崩れ方も甚だしい。何がどこがまことの大樹の陰か見極めさえつけにくい時世である。

 そんなことはさておき、木には酸性の水をアルカリに変える、二酸化炭素を吸収し酸素を出してくれる、暑いときには何度か気温の低い木陰となるというような利点に加え、癒しがある。とくに大樹には包容力があり、平穏で爽やかな気分をもらうことができる。

 岩手県の巨樹・巨木リストには、66年現在で岩手では106本がリストアップされている。盛岡市には15本ある。身近なところでは法華寺のヒイラギ、上米内のシダレザクラ、大慈寺のヒマラヤスギ、盛岡地方裁判所の石割桜、龍谷寺のモリオカシダレといったところだ。市の保存樹木となれば、もう目がチラチラして一覧票を数えるのが躊躇われるほどの数だ。個人的には岩手大学にあるドイツトウヒや合同庁舎前のユリノキ、ケヤキの風格、趣き、癒しに感心している。

 世界一は?と検索すれば・・ギネスブックでは、メキシコのオアハカ州トォーレ村のトォーレの木、即ちスギ科の針葉樹ヌネスギが樹幅では世界一なよう。根元周囲58メートル根元直径樹幅14、85メートル、高さ25メートル、推定重量636、107トン、推定樹齢2000年。
 それと心惹かれたのは、英のシェイクスピア「ハムレット」の舞台にもなった15世紀の城、バルファー伯爵の領内にあるイチイ。樹齢1000年。写真で見ただけだが、古木の風格というよりはいかにもおどろおどろしい。木立に佇んだだけで、それ系の創作意欲がかき立てられそうだ。
 とここまで書いて、どうして二時間も樹木ばかりを訪ねてネット上をうろつき回ったかといえば・・・そうそう

 盛岡市の保存樹木である盛岡市飯岡新田の樹齢220年のエゾエノキが、西南開発地区区画整理事業に伴い市保存樹木の指定廃止となり伐採されるという。驚いたのは、移植には2年以上かかり、しかも数千万の費用がかかるのだそう。
 庭の大木を2本伐り倒すのに60万かかった、植木屋さんに○○円支払った、などという話は聞いたことがあるが、220歳の保存となれば桁外れの経費となるらしい。この財政厳しいときに1本の木に数千万。つい数千万で何人が何日食べられるだろうかと思ってしまった。

 木が伐られるのも残念。伐らざるを得ない実情も残念。一旦保存の価値有りと認めたものを覆せるのも残念。せめて伐られるまえにきょうは天気も良いことだし写真に納めたいと思っても、そうそう主婦が走り回るわけにもいかず、これもまた残念なことです。

 エゾエノキの青白い顔が浮かびます。もうとっくに状況を察し覚悟を決めているかもしれません。チェーンソーが体に食い込むときも、壮絶な痛みこらえてじっと真っ白な雪野を今生の名残に見つめるのでしょう。

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ア・ラ・カ・ル・トー雑感ー

 オバマ大統領の招待。でかいところからの招待となると、たとえ米ドル国債を期待され、アフガン増強を期待されても、初招待は有り難い? 真相はわからないけど。・・・招待は最初でも、アジア外交の軸足は中国だとか。
 それにしても北京オリンピックでの中国のすごさ。スポーツを超えて、あの驀進、爆走に脅威を感じたことだった。
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 レアリテの会詩誌「舟」134の後記にもオバマ氏登場。
「日本はここ数十年、ほんの目先の〝現実主義〟路線が、政治、経済、産業、教育、文化にまで浸透し、〝理想〟は笑い物となった。その結果、本来あるべき誇りも、品性も地に落ちてしまった。その点、オバマ演説はほとんど詩の志を体現しているような格調の高さをもっていた。日本の現代詩に必要なものもこのような志の高さと、それへのひたむきな情熱、ということになるであろう。」

 志の高さ、ひたむきな情熱・・・う~ん、これが何とも枯渇気味。eyesweat01sweat01

 きょう開かれた聖書の箇所もいっていた。
「あなた方は、冷たくもなく、熱くもない。わたしはむしろ、あなたがたが冷たいか、熱いかであってほしい。」黙示録3章15節
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 オバマ氏初の議会演説、やっぱりカッコ良かった!誠実さ、強さを堅持しつつ人に理想、希望を燃やそうとの心意気。これはパフォーマンスの巧さだけじゃない。何とか人々にビジョンを抱かせ、希望を与えようとするメッセージをこの国でも聞きたいものだ。pen

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「おくりびと」

 近頃、心を明るくしてくれるのは、NC9登場の綾小路きみまろか毒蝮三太夫か、はたまた吉本興業のお笑い芸人さんしかいないのか、そう思っていたが、米アカデミー賞に「おくりびと」と「つみきのいえ」が同時受賞。久方ぶりの快挙だ。winewine

 わたしの母が亡くなったとき、心をこめて遺体を浄め、白い装束に着替えさせ、母の顔に美しい化粧を施してくださった「おくりびと」に今も感謝している。女性の方だった。その方の誠意ある仕事ぶりが忘れられない。これは「おくりびと」の映画ができてから思い起こしたのではない。一生を通じて目だったおしゃれをしたことのない母だった。改まった席に出る場合の化粧も素朴なものだった。「おくりびと」がしてくださった化粧が、見てきた母の化粧のうちでもっとも美しく仕上がっている化粧であった。ほんとうに美しかった。

 このような映画が受賞したことに、他人事とは思われない嬉しさを覚える。関係者の喜びの様子に明るい気分を貰った。
wine
 
 党をぶっこわし国をぶっこわしそうなあの先生方も、国際的な評価を得ての受賞には元気を貰ったのでは。
wine

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ミモザ

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上京した折には、いつも宿泊を提供してくれ行動を共にしてくれる姉から、こんな写真が届きました。

 ミモザです。

 Wikipediaで見たところ、ミモザという名はさまざまに使われているようです。カクテルに。恒星の名として。これは南十字座のβ星を指すとか。ゴスペラーズの楽曲に。トヨタ自動車のミニバンアイシスのテレビCMに。テレビをみることがあまり無いので今も流れているかどうか分かりませんが。それと市川製紙のトイレットペーパーの商品名にまでなっているらしい。
 
 フサアカシア、ギンヨウアカシアなどのマメ科アカシア属花卉の俗称ということです。

 「花言葉ラボ」によれば、オジギソウなどマメ科ネムリグサ属の植物の総称と。南アフリカに多いらしい。

 花屋の店先で苗をみるたびに買おうか買うまいかと迷い、買わないでしまったミモザ。まだまだ雪深い岩手に、きょう写真で届きました。

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白鳥

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中津川に飛来した白鳥です。二羽だけしぼって撮ろうとしたのですが、なかなか・・・あるがままに撮るというのも大事かもしれません。

 仲間がたくさんいるっていいですね。



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盛岡積雪27センチー中津川ー

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 午後3時頃、富士見橋から中津川上流を撮りました。富士見橋にあるベンチには雪が積み上げられ、すっかり隠されていました。木や手すりの雪はもう解け落ちてしまいました。雲が覆っていたので遠くの山々が入らず残念です。たくさんの子どもたちがこの橋を渡って登下校しています。天気のよい日はベンチが憩いの場となります。

 富士見橋、昭和10年頃は風情のある木橋でした。

 富士見橋とすこし下流に架かる上の橋のあいだの一帯はカキツバタ群落。初夏には目の覚めるような青い花が咲きます。秋には鮭が遡上します。背を輝かせながら産卵のための温床をさがします。写真を撮っていたとき、ちょうどカキツバタ群落領域付近の流れに白鳥が十数羽浮かんでいました。友人の随筆で白鷺も一羽いると知り来てみたのですが、このときはいませんでした。白鷺はかなり弱っているということです。

みな白に決めたる雪の潔さかな  ぶんな

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今朝は雪

 朝4時ごろ、窓外に雪がまったくなかった。大雪予報は外れかと朝食の準備に。一段落して6時に玄関を開けると、雪が降っていた。庭がうっすらと均一に白くなっていた。8時のいまは積雪10センチ。家人が除雪する音がしている。天の降雪作業に余念がない。かなり積もるだろう。

  

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薄曇りの夕暮れ

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 旧石川島播磨重工業の造船ドックだった広大な土地に、2006年10月5日アーバンドックららぽーと豊洲がお目見えした。
 訪れたのは31日のちょうど今日の盛岡のような薄曇りの日の夕方だった。ビルの林立する東京にあって、景観が海につづく気持ちの広がりを持てるスポットだった。

 旅の記憶はさておき、きょうは夕方5時ごろまで久しぶりにハイドンの交響曲「オックスフォード」、「驚愕」を聴く。「驚愕」の第二楽章はヴァイオリン教本の初歩の曲だ。懐かしい。こんな夕暮れにははっきり、すっきり、実に明快、爽やか、直截なこんな楽曲もいい。

 近くの犬が吠えている。ハードディスクの稼働音。いつのまにか樹木の後ろに抜きんでた5階建てのアパートや家々が、幾分青みを残したシルエットに変わっている。まだ明るみのある空を3本の送電線が区画している。まだ犬が吠えている。

 

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逃した「ます」はでかかった

 15日姫神ホールでの小山実稚恵さんのコンサートの模様が岩手日報新聞夕刊に載っていた。
 小山さんはシューベルトの「ます」を「水を得た魚のごとく」ひいたという。小山さん自身が「すごく楽しかった」と。「今回はひときわ印象深い若くて元気な『ます』」だとも。たしかに今回ばかりの見事な「ます」だったのだ。
 聴けなかった音楽会を書くのもどうかと思うが、あ~あ、とため息が出た。表現は聴いた方の主観にもよると思うが、まずこうだったのだろう。ステージの写真を見たり、これまで聴いているCDに記事に使われた言葉を付加した演奏を想像すると無念の思いが募る。
 逃した「ます」がいよいよ大きくなる。

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ビショップのパイプオルガン

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  このブログに、「過日上京した折」、と書いてあるのは、度々上京しているわけではなく、どれも先月31日のことです。このパイプオルガンも同日にたまたま見たものです。

 江東区にある最近できたショッピングセンター「アーバンドックららぽーと豊洲」の二階を歩いていたところ、このパイプオルガンに目が留まりました。ちょうど青木理津さんというオルガニストが演奏する予定になっており、現れて着席、弾きだしたのです。思いがけないプレゼントを貰った気分でした。曲目はJ.Gワルター「コンチェルトヘ長調」。J.Sバッハ「前奏曲とフーガ ニ短調」でした。

 19世紀にロンドン教会で活躍。後にオランダのオルガンビルダーであるフォッケ・リンケ・フェーンストラのもとに分解され眠っていたものをここに復元。18~19世紀(英)のオルガンビルダー、ジェイムズ・C・ビショップ制作です。
 
 

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近頃の暮し

 ここのところ、どう過ごしたんだっけ? 疑問符はだいたい自分への問いかけだ。14日(土)あたりは・・・この日は朝からよく晴れていた。春一番が吹いて・・・世の中はバレンタインとやら。ヤフーニュースもそれ関連がデカデカ。本命、義理が飛び交うのだろう。チョコは一個も買わないでしまった。買おうとする先に、家人から「要らない」と。メタボ対策である。どこからも来た気配もない。
 怠け気味だったエンジンが気分良く動き出し、億劫だった掃除を丹念にする。家のぐるりや小屋も片付けた。それでけっこう一日費やしてしまった。その前の三日間は連続でケアマネージャーさん、介護福祉施設の担当者の訪問があった。舅の介護は新たな段階を迎え、家人の長時間の外出は調整を要する。
 15日日曜は午前教会。祈りについての説教でマタイ18:19~20の解き明かしを傾聴する。
 16日は昼過ぎまで介護関係の買い物だ。それに確定申告必要書類などの準備。

 小山実稚恵さんのコンサートは気にかけつつも行けないでしまった。残念だった。新聞などで様子を知る。

 落ち着いた時が流れている。近所のT子さんの助言、「いっぺんに全部何もかもやろうとしないで、たとえば掃除なら先ずどこか一箇所をきれいにするとかから始めて・・・」。これが功を奏し、これまでになくていねいな手仕事を積み重ねている。しかもそれがけっこう楽しい。まだ当分はこんな調子で続けられそうだ。

 ところで今日介護支援施設「夢つむぎ城南」にコーヒー(知的障害の方々が手作業で作っている)を買いに行くと、喫茶にDENONのレコードプレヤーがあった。いつから置かれていたのか、気づいたのは今日だ。興味がわき椅子にかけて聴いてみた。

 CDでパッフェルベルのカノンも、梅村先生の追悼演奏を思いだし聴いた。あのとき梅村先生が弾いている生徒たちの間を楽しげに行き来している様子が浮かんだが、聴きながら、わたしはきょうも同じ光景を思い浮かべていた。パッフェルベルのカノンといえば梅村功二氏が浮かび、チャイコフスキーのアンダンテ・カンタービレといえば満州での梅村保氏が浮かぶ。梅村保氏、重光氏、功二氏、郁子さんの親子カルテットの写真が脳裡には刻み込まれている。わたしの実家の母が亡くなる2年ほど前に郁子さんご一家が、実家の近くに住んでおられるのを知ったときは本当に驚いた。郁子さんの令息が経営するお店に、息子と訪れた事がある。わたしの本も置いてくださっていたのは嬉しかった。 

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LPレコードー名曲喫茶ライオンー

Photo  過日上京した折に、渋谷にある1926(昭和元年)創業の名曲喫茶ライオンに立ち寄った。店内はアンチーク調。昭和20年の東京大空襲で全焼したが、創業時の建物そのままに再建される。
 地下に降りる階段もあったが、1、2、3階が鑑賞席。全席がスピーカーに向かっている。おしゃべりは禁止だ。内部は撮影禁止だが、スピーカーなどはネット掲載の写真で見ることができる。勿論立体音響。毎月、1ヶ月分のコンサートのプログラムを出している。

 このときはDENON DP300のターンテーブルにLPレコードが掛けられていた。懐かしかった。たとえが当を得ているかどうか自信はないが、CDをガスストーブの温かさだとすれば、レコードは薪ストーブの温かさだ。意外な発見だった。20、30代に聴いたLPレコードは段ボールに詰められ、小屋に眠っている。引っ越しのたびに投棄を免れてきた。どうにか処分しなくちゃと悩みの種となっていた。やはり捨てがたかった。一旦捨てたらもう手には入らないと思ったからだ。捨てないでよかった。ただ問題はプレヤーがないことだ。(笑)

 遠い日のレコードから真っ先に甦るのは、グンドラ・ヤノヴィッツのあの清楚なソプラノの響きだ。

  店を出るときに傘を忘れてきてしまった。すっかり忘れていたのだが、半月後また息子が行ってみると、ちゃんと預かっていてくれたらしい。無事回収したということだ。

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盛岡市肴町ホットライン

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たまに気晴らしに歩くアーケード街です。手前は東山堂書店。いわての文芸誌「天気図」が郷土コーナーに平積みにされていました。店内を見て、とても出版不況とは思われません。本は見知らぬ世界への入り口、サバイバルです。
 
 土日祝日には自転車が所狭しと並びます。わたしもここに自転車を置いてホットラインを歩き回ります。雨の日には傘をささなくても色々な店を移動しながら買い物を楽しめます。

 ふかふかの焼きたてパン。炒りたての香ばしい番茶の香り。あったかそうなセーターや毛糸の手芸店。岩手ならではの食品の店。靴屋、八百屋、写真屋、音響機器店、レストラン、用品店、薬屋、ホームセンター、リサイクルショップ、その他、すてきなお店楽しいお店がいっぱい。この品々、不況だからって、とってももったいなくて売りたくないんだけど特別あなたにだけは売ってあげま商店ばかりが軒を連ねています。

 きょうはコーヒーショップにも立ち寄ってきました。幾つかのグループが楽しそうに談笑していたり、ゆっくりと本を開いていたり、女性の方でしたけどタバコを吸っていたり、家にこもるよりはと時間つぶしをしているらしい人も。そんな個性的な人たちの中にいるのも悪くないと一杯のコーヒーをゆっくりと飲んだのはわたしでした。

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春の訪れ

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 もうこの雪のしたでは、雪解けとともにいっせいに花開くためにたくさんの草花が待機中。木々はそんな息吹を足もとに感じ、それを澄みきった大気に伝達。枝先にぶちぶちとついた硬い芽も青空と宇宙と交信しています。

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いわての文芸誌「天気図」好評発売中

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いわての文芸誌「天気図」vol.7。ツーワンライフ出版。定価800円。県下各書店、アマゾンで好評発売中。

 立川ゆかり編集長執筆の編集後記から紹介します。
●巻頭は「野遊び倶楽部イーハトーブ」のラジオでおなじみのアウトドアライター・村田久氏にお願いした。小説のような想像ではなく、氏は実際に見聞きしたことを執筆するエッセイスト。行動派作家の体験する「事実は小説より奇なり」には驚かされるばかり。体験が書く上で重要だということを痛感させられた。ありがとうございました。

●北園氏は今までのペンネームを捨てての渾身の執筆となった。評論の中(加藤)氏は日本音楽史上でも有名な盛岡の楽団「太田クワルテット」の新説を追った。浅沼氏は児童文学の時代物ジャンルで初挑戦。若手の大平氏の小説はホラーと純愛が融合した味のある作品である。名だたる書き手が「天気図」初登場。「天気図」初デビューに乾杯。

●菊池氏のミステリアスで幻想的な作風は今回も発揮された。安住氏の詩もいつも通りに温かく深みあることばで感性を刺激された。皆、頑張っている。「天気図」を土台に誌中の同人エッセイスト、野中氏のように、全国区ステップアップを次への指針としたいものだ。小生も後からついて行きたい。

★さて立川ゆかり氏は?
 立川氏は小説の何たるかを熟知している。毎回おもしろい。読者に読ませてしまう書き手だ。今回の「失踪旅行」は、熟年の夫婦に訪れた危機を夫婦間の機微を交えて恬淡と書きつづり、意表を突くどんでん返しを交えてちょっと涙腺ゆるむ結末へと運んでゆく。どこがどのように面白いかは是非読んでいただきたい。尚、立川氏は岩手日報社発行の文芸誌「北の文学」57号に編集委員だった故三好京三氏、故光瀬龍氏と森田純氏らの評伝「俺らの時代」などを発表している。(ぶんな記)

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春子谷地(はるこやち)

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  岩手山麓滝沢村春子谷地です。標高約2000メートルの岩手山が間近に見えます。

 近くには水芭蕉の群落が。4月末頃、ちょうどカタクリの開花と足並みをそろえて咲きます。ことしはもうすこし早いかも。

 左の建物はここを気に入り移住した方の喫茶店です。この日水曜日はお休みでした。写真撮りのためちょっと駐車場を拝借。

 岩手山がもっと雄大に入るスポットがあるのですが、積雪のためうまく車を停めることができませんでした。すばらしい眺めなので、そこは是非ご自分の目でたしかめてください。

 これは先週水曜日に撮った写真です。除雪された駐車場から楽をして撮った写真の出来具合をお目に掛けました。電信柱、送電線が入らないようにするには深い雪の中を漕いでもっと前の方に進むか、あるいは背後にある小高い別荘地帯に登って高さを確保するしかなさそうです。

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ホースセラピー

  朝夕に近くの凍てついた駐車場では、バリバリと音をたてて車が出入りしている。それがいまこの時間にも地球の裏側は燃えに燃えつづけている。かとおもえば日産は1800億の赤字で国内1万2千人削減だという。北半球は赤だらけと思いきや、南半球は赤どころか炎がめらめらと地を蹂躙している。「地球は青かった」とは48年前はじめて宇宙を飛んだソ連のガガーリンが言ったことばだが、いまや地球は赤にあえいでいる。

 冷え切ったかの地上だけれど、心温まるお話はありました。人の心があるかぎり温もれる話はかならずあるのでしょう。
 発見人間力「大将のホースセラピー」(IBC制作)、見ました。敢てわたしがいうまでもなく、すでにご存じの方、ご覧になった方、たくさんいらっしゃるでしょう。
 岩手郡滝沢村にある渡辺史朗さん(60)の「うまっこパークいわて」では、ホースセラピーが待っています。心病んでいる方、いじめにあっている方、引きこもりの方、障害のある方、不登校の方。「そっちこちに相談したんですが・・・」「もうどうしたらいいか・・・」。この難しい複雑な社会で生きるきつさを覚えている方。動物とのふれあいによって癒される、温もりをもらうという世界があるようです。自分で出向き、直に見聞きしてここに報告するのが望ましいのでしょうが、いまはそこまではできかねます。実際にそこで温もりや笑顔を取り戻した方々がテレビに映っておりました。

 ビルの乱立をやめ、アスファルトの道路も作らず、樹木にいこう牛や馬が草をゆっくりと噛み、そちこちの軒下や日向に子どもたちが犬や猫とあそんでいる、そんな風景をおもい浮かべると心休まりますが、もはや遠い夢となってしまいました。

 「うまっこパークいわて」、ボランティアの方も必要かもしれません。

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音楽による平和外交ーニューヨークフィル・イン・平壌

今夕のヤフーニュース。「Jリート」って何? まさかJリーグのことじゃ・・・。産経新聞「Jリート低迷、時価が純資産割り込む『異常事態』」。今度は何? 説明を読んでやっと何とかおぼろげに理解。またしても、だ。
 ここのところ音楽を聴いていない。こんな時世に歌舞音曲じゃないだろう、そんな気分だった。しかし次の一枚、過日東京の息子のところで聴いた一枚のDVDを思いだし、あ、そうかと思った。

「ニューヨークフィル・イン・平壌」。指揮ロリン・マゼール。収録は2008年2月26日最新式の音響設備が整った東平壌大劇場(1500人収容)。
〈曲目〉
朝鮮民主主義人民共和国愛歌「愛国歌」
アメリカ合衆国国歌
ワーグナー:「ローエングリン」。第三幕前奏曲
ドヴォルザーク:交響曲第9番「新世界より」
ガーシュイン:「パリのアメリカ人」
ビゼー:組曲「アルルの女」第2番
バーンスタイン:「キャンディード」序曲
管弦楽「アリラン」(アンコール)
輸入発売元 (株)キングインターナショナル

 ニューヨークフィルの平壌訪問は、北朝鮮の文化省と朝鮮芸術交流協会の招請によるものだった。これは当時マスコミでも報道されたが、DVDを試聴したのは初めてである。
 双方の国歌の厳粛な響きに感動。全体的に手に取るような味わいのあるじっくりとした演奏だった。北朝鮮側は、女性はチマチョゴリ、男性はみな背広にネクタイの正装。総立ちの拍手喝采は鳴りやまず、ロリン・マゼールはステージの袖で迎える人々に興奮気味にこう言った「信じられん、こんな事になるとは思わなかった。みんな笑っているのが見えた。人と人ですね。音楽のもつ力だ」
音楽会が終わったあとには平壌市街のライトアップされた名所旧跡がドヴォルザークの「新世界より」を背景にしながら次つぎに映し出されていました。
 いまのアフガンやイスラエルに同じ事を期待するのが可能かどうか・・・それはともかく音楽が素晴らしい平和外交を果たした一幕をみました。 

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友だちのペット

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 友だちのペットです。

 カメラを構えた怪しい輩を観察中。
「こやつはいったいご主人さまのなんなの?」

 猫を撮るのもなかなかむずかしい。

「毛はふさふさした感じに撮ってくれない。この個性的なキラッとした目はポイントに捉えてくれなくっちゃ」

 近頃は猫もカメラマンを選ぶらしい。

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何がなんだか分からない

 人を見た目や直感だけで判断するのは間違いだと思うようになった。主人の転勤についていくつかの街に住んだことがある。さまざまな個性の方々に出会った。

 某市で畑を作っているある方との出会いはこうだった。休日に家族4人で自転車で遠くの公園に出かけた。途中ナナカマドがきれいに紅葉していたので自転車を停めて見入っていると、よく管理された雑木林の中から出てきて話しかけてくれたのが団栗さん(仮名)だった。団栗さんはそうとうに着古したよれよれのTシャツ姿。髪の毛はもじゃもじゃで山嵐のようだった。貧乏人を自称していた。それでなのかどうか団栗さんと主人は意気投合。畑の一角を借りてサツマイモ、豆などを作ることになった。団栗さんは小さな、それこそ農機具の小屋よりもまだ小さな小屋を建てて住居としていた。「人用の家を建てると税金が高い。小屋は税金が安くて済む」と団栗さん。いつの間にか居なくなったり現れたり、おもしろい人だった。ところがずっと後で知ったことには、団栗さんはどこぞに会社を経営し、東京には料亭を構えていたのだった。

 わたしの友だちすみれさん(仮名)が離婚した亡き元夫のアパートの後始末をめぐって、某不動産屋から頻繁に脅しがまいの電話があった。戸籍上、書類手続き上法的な責任はなかった。しかし元妻だという理由で部屋の清掃、祓い清め、滞納家賃の支払いを迫られた。そこですみれさんと一緒にその不動産屋に行ってみると、しばらくして電話をかけてきた人物が出てきた。すっかり意表を突かれた。柔和な紳士、そう見えた。穏やかな物腰。脅しまがいの声、言葉を使う人物とは思えない。話が済んで、すみれさんに「電話をかけてきたのはほんとうにあの人なの?」と訊くと、すみれさんは、そうだ、とこたえた。

 近頃、様々なことで錯覚、取り違えをしてしまったなと思うこと多々です。人は見た目や自称していることだけでは分からない。まして付き合ったこともない人物となれば自分の思いこみや憶測だけで云々するなどとんでもないと気づいた。また「何だ、これは!」と思った場合でも、実はそれも勘違いであるかもしれない。実のところ何が何だか分からない事の多いこの頃です。そんなときは「時」が必要です。何がどうなのか理解がどう落ち着きおさまるか、おさまるまでの「時」が要ります。また勘違いで失礼もうしあげた事にも気づかずにいるかもしれません。行き届かぬこと多々です。

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聖書

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オバマ氏、大統領就任式で聖書に手を掛けて宣誓。もちろんこの聖書ではありません。リンカーンが1861年の就任式で手を掛け宣誓した聖書でした。いまはワシントン市の議会図書館に保管されているようです。

 この分厚い、66巻が一冊となっている書物が最も言いたいことは・・・
「神は、実に、そのひとり子(イエス・キリスト)をお与えになったほどに、世を愛された。それは御子を信じるものが、ひとりとして滅びることなく、永遠のいのちを持つためである。」ヨハネ伝3章16節

 キリストが十字架に架かったのは自分が犯した罪の身代わりになって罰を受けるためでした。十字架に架かってわたしが受ける分の罰を、キリストがわたしに代わって受けてくれたので、わたしは罪が赦されて永遠の命を持つことができ、死んでも生きることができると理解しました。

 神がいないから神が見えないのではなく、人があまりに神からかけ離れてしまったために、いよいよ神が見えにくくなったのだ、そんな気がします。

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ア・ラ・カ・ル・トー雑感ー

 連日解雇、企業赤字のニュース・ニュース・ニュース。黒い印字から赤がしみ出てきそう。どこか黒字はないかしらんと見れば・・・あったあった。NTT、マクドナルドにメルセデスベンツ、BMW、アウディ、ポルシェ。車はどれも自分には異次元の高級車。こんなに巷が苦しんでいるときに、乗り回してるのはどこの誰? さらに驚き桃の木(こんな木でよかったかな?)は、ドガの「踊り子」ブロンズ像を17億円で落札した日本人がいた。付け足しで三越が「運慶仏像」を12億5千万で落札。三越さんは黒字でしたっけ?
 たとえ8億飢えてても、毎日何千何万失業してても、遊び金をザックザックさせてるとこがある。
 オバマ氏が公的支援対象企業の幹部報酬の上限を打ち出してくれたよう。この国のそこんとこの事情はどうなってましたっけ。物憂さと怠け癖が出、ニュースのおっかけが途切れ途切れに・・・富豪にはどんな上限もないの?ちょっと均してくれないかニャー。
cateyecatcat

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光さす道

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清々しい朝の光が雪上に木々の影を落とし、解けだしたアイスバーンを輝かせています。光さす道。誰でも通ることができる。林の切れる先には日だまりが。

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写真

  盛岡は今朝9センチの積雪。木々には雪の華が。積雪がわかるように撮るには・・・上の橋の擬宝珠か欄干の積雪の嵩を入れて枝ぶりの良い樹木を入れ願わくは川の水も入れればまずまずの写真となるか、と構想はふくらませたものの、雑用にかまけているうちに外をみると、もう枝には雪がなかった。解けたのだ。こうなっては雪のぬくみを撮りようがない。雪にはふかふかとしたぬくもりを見せる時間帯がある。それが損なわれてからでは撮る価値が半減する。
 よい写真を撮るのにどれほど多くの時間と技術が要るかがわかる。捉える感性も重要になってくる。ほんのすこし試行錯誤しただけだがプロの極めつけの一枚の価値がわかってきた。

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 高さを変えて街を撮る面白さ。某百貨店からです。スクランブルに人があふれている方がよかったかもしれません。風が空洞を吹き抜けます。

 

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