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2009年1月

ア・ラ・カ・ル・トー雑感ー

 オバマ氏、ウォール街金融機関の経営陣の昨年支給ボーナス総額を「恥ずべきことだ」と非難。何やらよく解らぬながら気分すっきり。この爽快感は久しぶり。
 20日の就任演説。今度こそ何かまともな事をやってくれそうだった。そしてやってみせてくれたのは、今日の某新聞の「風土計」は纏めていた。景気対策を一ヶ月以内に、グァンタナモ収容所閉鎖。中東への特使派遣、政府高官の昇級凍結。
 なぜかオバマ氏の身の安全が心配に。だけど彼には本気になって祈る祈りの軍団がありそう。
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麻生さんの背広、高いか安いか分からない。だけど盗んだ金で買ったわけでもないでしょ。背広と政治の因果関係は?pencil 

連日の解雇ニュース。こうなれば大井利江夫妻だ。洋野町がニュースに出る度に、どうしてるかな? と。 感動記事に遡って冷えた空気を暖めよう!!

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ビルの世間話

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「いい天気ですな」
「こうくっつけて建てられたんじゃ息苦しくてかなわん。だがきょうはこの青空。気分爽快です」

「そっちの住人のようすはどうです?」
「防音とやらで、まあパントマイムを見てるようなもんです。人が音もなく料理したり掃除したりテレビを見たり」
「こっちはオール電化とやらで、人の動きがやけに緩慢、病気の一歩手前ですな。メタボ、メタボですよ」

「それにしても足下が狭い駐車場だけというのは・・・」

「ちょっとした公園でもあれば」

「緑がない、緑が」

「樹も植えて欲しい。樹のてっぺんのあの5月のざわめき」

「う~ん、なかなかの詩人だ」

「ブランコを置けば、孫みたいなこどもたちが遊ぶのを、毎日でもみられる」

「よ~し、きょうから少しずつ動いて、空き地を作るぞ!」

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冬の木蓮

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   冷え込んだ今朝、久しぶりに明るい日の光に心が和みました。盛岡市の郊外藪川では氷点下24、2度を観測。盛岡市は氷点下9、6度でした。久しぶりに明るい光に包まれた一日。昼過ぎにカメラを持って出かけ、近場の景色や鳥、樹木などを撮りました。木蓮の花芽です。

 宮古市では遠くに宮古湾の一角が小さく見える丘にある団地に住んでいました。魚屋さんに行くには結構勾配のある坂を登らなければならず、最寄りの生協や内科医院、小学校に行くには、坂道を下らなければなりませんでした。街路樹は白木蓮でした。朝露を帯びた白く清らかな木蓮を見上げながら行き来したものです。この丘には6年間暮しました。花巻市に引っ越しが決まったとき、またきっと良いことが待っていると信じてこの丘に別れを告げたのでした。

この丘に住みて六年木蓮の蕾愛でつつ去りゆかんとす  ぶんな

 写真の木蓮の花芽は、すっきりとした青い空を心地よげに仰いでおりました。2月上旬の寒さを堪え忍べば開花です。

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宮古ジュニア弦楽合奏団

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これは現在の宮古ジュニアオーケストラのすがたです。この賀状の背後に、大正時代、太田カルテットを主宰し満州に於いても弦楽を教授した梅村保氏と昭和、平成時代に多くの小さな子どもたちにヴァイオリンの弓を握らせ宮古ジュニアオーケストラの礎を築いた梅村功二氏の温顔を覚えながら掲載しました。(許可を頂きました)
 三代目の梅村圭一氏、妙子夫人。四代目の隆一さん(桐朋学園大学卒)はドイツから帰国し参加。教室を継いでいる智佳子さん(国立音楽大学卒)、真美さん(国立音楽大学卒)。そして左上、右上には五代目の連音馬(れおま)くん、来楽(らいが)ちゃんの顔があります。五代目の連音馬くん(3歳)はもうしっかりとヴァイオリンを構えていますね。ちっちゃなヴァイオリニストの楽の音はいったいどんなでしょうか。
 梅村ヴァイオリン教室を出てすこし歩くと磯鶏の海岸に出ます。その昔梅村功二氏がこの浜辺に一升瓶を立てて、チェリスト村井正一氏、優れたヴァイオリン指導者であり宮沢賢治研究家である板谷栄城氏らと、夜を徹して音楽の未来を語りながら痛飲したところです。いまもあのときと同じ潮騒が聞こえているでしょう。
 岩手の中心都市にではなく、盛岡市から90キロ東の小さな港町宮古市という地域にあって、たゆまなく楽の音を響かせる宮古ジュニアオーケストラは岩手の宝、日本の宝です。

※梅村隆一さんはドイツのクレフェルド・メンヒェングラッドバッハ市立歌劇場管弦楽団のヴァイオリン奏者。ブログ 【うめ茶屋】徒然なるままに・・・ 公開中。

8月には毎年宮古ジュニアオーケストラ「音楽の夕べ」が開かれます。真っ青な三陸の海を訪れ、この音楽会に足を運んでみては如何でしょうか。たくさんの子どもたちの何とも言われぬあたたかな「キラキラ星変奏曲」で幕が上がります。

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梅村功二先生

 1月30日は梅村功二先生の命日だ。平成12年に亡くなられた。はや9年。いまにいたっても、御尊父梅村保氏と太田カルテットを書く機会のあるのも、一つの奇縁と思う。
 梅村功二先生は戦後満州から帰られ、岩手県の三陸海岸に面する宮古市(現在人口5万7千人)磯鶏に居宅を構えられた。保氏が音楽家であることを知る人々が功二先生に是が非でもヴァイオリンを教えて欲しいと願いでたのが梅村ヴァイオリン教室の始まりだった。
 わたしが幼い子どもたちを引き連れて教室に伺ったのは昭和63年ごろ。功二先生71歳のとき。近所で女の子3人にヴァイオリンを習わせているお母さんの紹介だった。
 区界から東に流れ下り、宮古市の藤原で宮古湾に注ぐ閉伊川。その閉伊川に架かる小山田橋を渡り、日本で二番目に高い煙突が空に抜きんでるラサ工業の煙突を車窓に見上げ、途中この地域産業を支える肥料、石膏プラスター生産のむんと鼻を衝く臭いの充満する一区画をくぐり抜け、満々と水を湛え太平洋の潮に潜りこみゆく河口付近に眩い午後の日を望みながら、毎週教室に通うこととなった。
 功二先生がレッスンの余談に繰り返し話されたのは、板谷栄城先生といまは亡くなられたが桐朋音楽大学の久保田良作先生。そして梅村保氏のことだった。どのお母さん方にもこのことを何度も語られていたらしい。わたしがあるお母さんにこのことを話題にしたとき、「本気で聞いてるの?」と半ば揶揄するかに言われたことがある。しかしわたしは本気で聞いたのだった。年寄りの繰り言と思われることを真面目に聞くと宝に出会うことがあるが、まさしく後年そうなった。
 「立派な親父だった。親父を書くまでは死ねない」そう仰った。保氏の戸田一心流と居合術、そして音楽と梅村保氏主宰「太田カルテット」を何とか残さなければならないとのお気持ちが伝わってきた。それまで人の役に立とうという気持ちを持ったことのないわたしが、なぜか、「何かお手伝いできますか?」と言ってしまっていた。すると先生が奧から風呂敷包み二つを持って来られ貸してくださったのだった。先生は「目の前が明るくなった」と仰った。包みを持って帰ると、主人は「これはあなたのすることじゃないよ。はやく返してきたほうがいい」と言った。しかし功二先生の一言を浮かべるともう止めたとは言えなかった。
 読んでいるうちに少しずつわかりはじめ、功二先生の言っていた内容が解ってきたのだった。ただ身内の言うことばかりではよく分からないというと、先生が古い書簡から、保先生の関係者を何人かピックアップして教えてくださったのだが、その中に村井正一氏、香川県の玉置鷹彦氏があり、また風呂敷包みの中にあるコピーから赤沢和夫氏、佐藤泰平氏、板谷栄紀氏という存在を知り功二先生から紹介していただき問い合わせを始め、当時の新聞に親しみ、資料集めに取りかかったのである。
 途中詩歌に没頭、あるいは童話、小説創作、親の介護などに専念したために遅れたが、平成19年太田カルテットを小説化した「光炎に響く」(新風舎刊)を出版。またこのほど文芸誌「天気図」vol7に論文「新説・太田カルテット」を掲載、遅まきながら梅村功二先生の念願達成に一役担わせて頂いた。

 平成12年の葬儀の日、藤原の橋から県土を南北に走る白い山々を遠くに眺めながら、あの山のたたずまいはこのあるがままでいい、あの山もこれでよい、そう思っていたとき、「よく来た」という先生の声が聞こえた気がした。
 功二先生はあの日、弟子たちの繊細な美しくもすこし悲しげなパッフェルベルのカノンの追悼弦楽合奏を聴きに現れ、冗談を飛ばしながらにこにこと演奏する弟子たちのそばを歩いておられるのを思った。

 梅村ヴァイオリン教室から成る今日の宮古ジュニアオーケストラの隆盛を保、功二両先生がどれほどに喜ばれているかは敢て言うまでもないだろう。 
 

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がんばっている街

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 遠近感がおもしろく、日常見慣れている街のようすを切り取ってみました。奧に国指定重要文化財である岩手銀行中ノ橋支店(旧盛岡銀行本店)が見えます。
 不況のさ中、この辛いときに負けまいと信号は安全を見据え、ビルは冬の寒空をきっかと見上げ、広告板は怠りなく明滅し、銀行は何があっても揺るがされまいと地をしっかり掴んでいるようでした。

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自衛権って?

 いま午後9時過ぎ。雨が音をたてて降りだしました。

 オバマ氏、やはり「イスラエルの自衛権を支持する」でした。どこの国も自衛しなければならない。だからイスラエルも・・・いったいどこまでが自衛権?で?・・・パレスチナは・・・・・ ・・・?
△×△×?・・・「おまえは異端だ!」となりそう。
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 就任式で久しぶりに見たイツァーク・パールマンはイスラエル出身。十数年前花巻市で聴いた曲が何であったか思い出せないのですから・・・やはり音楽へのまじめな関心は昨年4月からでした。それまでは必要から聴かなければならないものを一応聴いていたという程度でした。
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 小林多喜二「蟹工船」が健在らしい。年末に図書館から借りた葉山嘉樹「海に生くる人々」などを読んでいる。「鉄の流れ」もまだ読み切っていない。この時世には、何も遠い話ではない。それどころか身近でさえある。そんな危機感と隣り合わせにありながら、麻生の話も選挙の話も一向に聞く気にならないのはなぜ?
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 いまはたと気づいた。というよりももう随分まえから分かっていたことですが。主婦として立派な方々がたくさんいらっしゃることを。わたしが主婦です、などというのが申し訳ないようなしっかりした方々が。立派に教育を果たし、忙しいにも関わらず多くの書物に親しみ、その辺りの評論家よりもはるかに説得力のある一家言をもった主婦の方々がいらっしゃいます。こうなると軽々しく主婦ですともいえず、いまはなんと自称したらよいやら分からなくなってしまいました。
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 雨音が聞こえなくなったので窓を開けてみましたら、雨はやはりまだ降っています。

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新しい一日

  いまパソコン内蔵時計はちょうど7時をさしている。
 まちを見おろす明け方の空は均一な雲。昇りきろうとする日の光がいまにもにじみ出てきそうだ。美しい雪景色が広がっている。ビル、家屋、樹木、電柱、送電線、道路とそれぞれの形を尊重するかのように、雪がほどよく景色に塗されぜんたいを包み込んでいる。
 朝刊でオバマ新大統領夫妻のダンスを楽しむ写真には涙が出た。これから先に苦難の道を歩んできた多くの黒人の人々がこのように幸せな姿となってゆくのだと掲げられた大きな希望のモニュメントと見えた。
 キング牧師のいった言葉が浮かんだ。
「わたしには夢がある。わたしの4人の小さな子どもたちが肌の色ではなく人格で評価される国に住める日がいつかくるということを」
「辛いときこそ白人を愛しなさい」
 オバマ氏はそのモデル、先駆けとなり、そして頂点を掴んだ。
 ミシェル夫人が就任式で着用した服の色は黄色。希望の色。多くの人々の希望の色だった。
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オバマ氏の経済政策への期待感から21日にはダウ株の終値は8228ドルとなったようだ。pen

 

イスラエルは21日朝ガザからの撤退完了。ハマスの停戦から事なきを得たようだ。ただガザ境界封鎖の解除は為されていない。戦い終えたあとの惨状が明らかになってきている。breadbananahospitalcafericeballhousedenimshoe

 

あたらしい今日という一日。きょうの神さまのご意向、思惑はどのようであろうか。有意義に過ごしたい。

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第44代米大統領就任を見る

 日本時間午前1時半にテレビの前に。北京オリンピックの開会式も実は見たいとは思わなかった。しかし今度の歴史的瞬間ばかりは何としても見たくなったのは自分でも意外だ。オバマ氏が何を語るのか。

 待ちに待って2時5分の宣誓。祝砲。就任演説は19分だった。全文はネットにも出ているこれから終日流れるだろう。
 人口60万のワシントンに200万が詰めかけた。
 ヨーヨーマ、イツァーク・パールマンらの演奏があった。パールマンが岩手県花巻市にきたときに演
奏を聴いたことがある。
 パレードの出発は待たずに就寝。5時半に起きたところがまだパレードの最中だったので待たずに就寝したのは正解だった。5時半のスタートだったらしい。朝食のしたくがあらかた出来上がったところでまたテレビに見入った。ちょうど夫妻が車を降りて歩きながら沿道の歓呼に応えていた。
 
平和への流れが期待できそう。
 株価に影響があるかと思いきや、就任直後のニュースではNY株急落、8000ドル割れ。やはり祝儀数字とはならなかったようだ。

 
働きたい人が働ける、先ずはそうなって欲しい。

 主婦感覚の感想が一件ぐらいあっても悪くはないかと書き込んでみた。                 AM8:47
 

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命の値

 天童荒太さんの「悼む人」が直木賞に。
 天災、テロ、戦争で多くの命が失われるのを見るとき、何か人の死に鈍感になっているのを感じてきた。そのとき心は痛む。けれどもたて続くとどこか自分の感じ方がふつうではない部分に気づいてしまう。
 身の回りにも日常的に死がある。交通事故、自殺、病気等々。人の命って動物や虫とは違うはずだ。葬儀では経歴が読まれ、功績が讃えられる。故人に接した思い出が語られる。しかしそれだけじゃないだろう。たとえどのような形態で地上に存在したとしても、すべての人にはそれぞれに生きてきた思い、心の過程があるはずだ。それこそが人間が生きたと言うことではないのか。そう思ってきた。死を聞くたびに見るたびに、必ずその人にも存在した理由が、存在しなければならなかったわけがあるはず、そう思ってきた。そこにこの「悼む人」の登場だった。
 まだ読んではいないが、解説を聞いて、どこか心が救われるのを覚えた。あなたの人生は無駄ではない。あなたの人生には意味がある。価値がある。そんな声を聞いてみたいこの頃であった。

 日本時間で午前1時30分からだったと思う。オバマ氏の就任演説。世界中が待っている。300万人が詰めかけるという。リアルタイムで聴きたいが明朝も起床は早い。どうしたものか・・・。いま「死の地と死の陰にすわっていた人々に、光が上った。」という聖書のマタイ伝4章16節のことばが浮かんだ。

 黒人の貧しい子どもたちが多い学校の教師が、不足分は寄付金を集めて、オバマ就任にこどもたちを連れていこうと計画していた。政治的なことはさておき、多くの人々の希望の星オバマの演説をはやく聞きたいものだ。

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火だね残し停戦

 今朝の岩手日報「ガザ22日ぶり停戦  イスラエルにハマス追随」
 18日のイスラエルの停戦に続きハマスも同日停戦発表。「ただハマスがイスラエルに一週間以内の軍撤退を要求」にイスラエルは撤退の期限を示していない。一週間後の動きはいったい・・・?

 「パレスチナ人死者には子ども410人(全部で1300人)含まれ、負傷者は約5300人。対し、イスラエル人死者は13人。この数字は何を語っているか。
 口火はハマスのロケット弾、自爆テロの脅威を逆手に取って、たたけるチャンスを存分に生かし、叩けるだけ叩いた、そんなふうにも見えた。

  このブログを書き終えてテレビNHKを見ると、イスラエルは一週間以内の撤退を決めたという。時々刻々。オバマ就任を明日に控えたきょう19日だが。ほんとうに幕引きとなるだろうか・・・。

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寒中の雨

 いま22時過ぎ。雨がふっている。二階の屋根にはりついていた雪がドタンと大きな音をたてて一階の屋根に崩れすべり、落下していった。節分までは寒の中という季節感はもうあてはまらなくなった。また雪が落ちた。とおくの路上のシャーベット状の雪をたたき散らして車が数台走り去っていく。

  寒中の雨は温いか冷たいか  ぶんな

 ストーブがいつの間にか「3時間延長ランプ」を点滅させている。室温15度。特別待遇のユリ科のアガバンサスの機嫌は良好。ただ肝心なのは神のご機嫌。神の顔色をくもらせてはならないのだ。
 また雪が落ちた。のこっている雪も今夜中に片付くだろう。

 

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オバマ!オバマ!

 時事通信によれば、イスラエル軍は18日の日本時間で9時から停戦にはいったようだ。ハマスは「ガザに部隊が留まる以上、戦闘を継続する」とロケット弾攻撃を継続。

3週間で死者1300人、負傷者5300人の犠牲が。(asahi.com)

 これまで政治に関心をもったことはなかったが、今回のイスラエルの動きからは眼をはなせなかった。いよいよ終末なのかという危機感からだ。
 オバマ就任まえに幕を引こうとする真意は? この戦い、イスラエルのやりたい放題と見える。ハマスの攻撃続行の先に待つシナリオは?
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 オバマ!オバマ!オバマ!
支持率はついに82㌫に。オバマはすでにワシントンに。就任式は20日。この待ち望む気分は何だろう。だれが就任してもいきなり急転回とはならないと想いつつも、理想を貫いてくれそうとの期待感が募る。米のあのうねりに、もしかすればマスコミ報道に取り込まれてしまっているのか。
 全世界が注目している。政治知識が皆無のわたしまでが注目している。これはすごいことだ。
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アリス=紗良・オット&オーケストラ・アンサンブル金沢:指揮井上道義

 ブラボー! アリス=紗良・オット!! 雪景色の夕べ、イーハトーブのステージに鮮やかに鳴り咲いた紅の薔薇アリス!!
 金沢フィルよ、ありがとう!
 ありがとう、コンダクター井上!!

 ことし初のコンサートは昨日だった。実は去年のわたしの誕生日に主人とわたしに天から授かったチケットだった。
 あれほどに、これほどにきいたヴェートーヴェン交響曲第7番。昨夕はカラヤンでもなくクーベリックでもスクロヴァチェフスキーでも飯森でも朝比奈でもない、井上道義版。
 金沢オケは岩城宏之が永久名誉音楽監督となっている。メジャーレーベルから出したCDも70枚を超えたらしい。年間約110公演とか。
 ピアノ協奏曲第5番「皇帝」。予想していたよりもはるかに素晴らしかった。金管というのはいつ何時でも図りがたい難しさを併せ持った楽器なのかもしれないと想ったりもした。弦の低音の厚みがしっかり押し寄せてきてくれたのは嬉しかった。近頃はもうヴァイオリンは巧くて当たり前感覚になってしまっているが、微妙な音も確実なのには感心してしまった。
 井上道義ってこんなにユーモアのある楽しい人だったの? ヴェートーベンのトルコ行進曲、蔦姫のテーマ曲。楽しみました。
 そしてアリスは。こんなに指の動きを始めから終わりまで見たのは初めてでした。たまたまピアノがほぼ中央に置かれたので、幸運なことにわたしの席からよ~く見えたのです。ものの見事に動くあの白い10指は、あれはほんとうに指だったんでしょうか。アンコールのラ・カンパネラはもう完璧でした。数々の国際コンクールで第一位となるのはこういう事かと得心しました。

 それにしても、ピアノの美しさとは。スタインウェイ。(これまでに映像、コンサートで見たのはスタインウェイばかり。一度だけ全国の器楽コンクールだったでしょうか、ヤマハを使ってましたっけ)。ベーゼンドルファー、ベヒシュタインは果たしてどこでどんなときにお出ましとなっているのでしょう。それはともかく、ピアノの美しさとは金、管、弦など楽器のほとんどの音域をカバーし、メロディー、ハーモニー、リズムが一台ででき、オケ並のドラマテッィクな演奏をやってのけるばかりではない。

 今回発見したピアノの素晴らしさは、支えられた天板の裏には、ピアノの中にびんと張られた弦が、わたしの位置からは真ん中から高音部の弦でしたが、その弦が映り、ピアノの周りの弦楽器の弓が上下し、アリス=紗良・オットの真紅のドレスが広がり、何よりもアリスの摩訶不思議な指が見事な緩急のリズムでピアノの中をもかけ続けていたのです。恐らくは、天板の上には、指揮者井上の洒脱な動きが終始映っていたことでしょう。ピアノの艶やかな黒い表面にこれほどに多くの音を紡ぎ出す渾身の動きが映っていることに感動したことでした。ピアノの素晴らしさがいよいよ見えたコンサートでした。素晴らしかった。ほんとうに素晴らしかった。

 もう一つ嬉しかったのは、これまで気づかなかったのですが、聴きまくったヴェートーベンの交響曲第7番の公開での初演は1813年のわたしの誕生日の日であることを知ったことです。作曲者の指揮でウィーン大学での戦争傷病兵のための慈善音楽会で行われ、第二楽章はアンコールされたらしい。ヴェートーベン42歳。円熟期の傑作。ここは当日の解説書からです。

 そう言えばピアノに王様の位置を与えたのはヴェートーベンだとか。ピアノが発明されてからヴェートーベンのときに、ピアノは61鍵、68鍵、73鍵と改良されたらしいが、ヴェートーベンはその度にピアノ曲の創作に意欲を燃やした。ヴェートーベンのピアノソナタの歴史はピアノの歴史でもあるらしい。これは「名探偵アマデウス」で言ってました。

 ピアノもヴァイオリンと同じく1700年代に出来上がっているわけで、2000年代が高度か1700年代が高度か、音楽の世界、芸術の世界はちょっと、ちょっと不思議ですね~。

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透明水彩画ー冬のさ中にー

Photo_2  朝早くに呉服店を営む友だちに立ち寄り、文芸誌「天気図」を差し上げた。すこし話を聞いて貰い、何かさっぱりとした気分になって店を後に。中三デパートで買い物をし、某病院へお見舞いに。
 午後からは先週手に入れた透明水彩で絵を描いてみた。油絵の画材を広げるとなると大ごとだが、水彩は狭いスペースでも事足りる。写真にしてみると色彩がなかなか原画どおりにでないので、掲載を諦めようかと思ったのだが、せっかく20年ぶりかで描いたので記念に載せてみた。蕾のひらきかけた一花弁で希望を表そうとしたのだが成功はしていない。こんご修練を積む必要がありそう。原画はこれよりはきれいです。言い訳がましいのですが・・・
 

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ガザ

 11日ガザでは死者が879人と。どうも白リン弾(皮膚に触れると骨を溶かすほどに激しく燃焼しつづける)が使われているらしい。
 日本では東京、大阪、岡山、福岡で抗議行動があった。
 ブッシュ下での解決はやはりないのか・・・。20日のオバマ就任までどういう事態になり、その後どういう展開になるのか・・・。

 上記は、昨夜書こうと思いつつ深夜となり書かずじまいとなったメモだ。いま開けてみればイスラエルは、ガザ中心部40万の人口が集中する難民キャンプ周辺での攻撃を拡大する構え(ANN)のようだ。

 いま殺戮が行われている画像。ビルを住居を圧し押し包むように黒煙が。だがその煙が配信を見ている眼に染みることはない。阿鼻叫喚のなか逃げまどっている嗚咽、絶叫もどこか生々しさに欠ける。焼けこげる、流される血の臭いがすることはない。現地はこんなものではないだろう。広島でも抗議デモがあった。

 岩手、一時間ばかりまえに降りだした雪が積もってきている。庭木が手をぎっちりと握り、この寒さをこらえている。いま赤い車が一台、駐車場から出ていった。くっきりとついた二本のタイヤのあと。現実の視界はしずかな雪景色。

 各国のニュース、景色、音楽、ドラマ、自然界、芸術、歴史・・・何でもござれのテレビ。パソコン。情報だけは入るが手の打ちようがない現実。

 憎しみが呼ぶものは憎しみだけだ。憎しみに油が注がれればもはやおいそれとは消えない。自らの罪業をも点検する必要がありそう。

 せめて身を慎んで過ごそう。

追伸:ネット『憎まれ愚痴入り口』に、なぜアメリカはイスラエルに弱腰か、イスラエルは核を保っているかいないか、シオニスト・ロビーのメディア支配等々、理解に役立ちそうなページがあった。

世界終末時計の動きが怖い。

 

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いわての文芸誌「天気図」発行

Photo いわての文芸誌「天気図」Vol.7がツーワンライフから発行(平成20年12月20日)となりました。定価800円。各書店、アマゾンで好評発売中。いわての書き手は頑張っています。この世界同時不況まっただ中に2009年の扉をひらき、文筆をもって新たなる創造の境地をめざしています。

執筆陣:〈寄稿
村田久  〈エッセイ〉野中康行 〈エッセイ3編〉大西喜久子、平松真紀子、太田代公 〈小説〉北園力野、大平佳澄 〈詩〉安住幸子 〈児童文学〉浅沼誠子 〈エッセイ3編〉菊池いおこ、山火裕、小原康二 〈小説〉立川ゆかり 〈児童文学〉菊池尋子 〈評論〉中ぶんな

 この号、パワフルな立川ゆかり編集長がツーワンライフとともに編集、校正にあたり、また県内各報道機関、県内在住の各作家にも紹介の労をとりました。

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声に映るもの

  ヘルベルト・フォン・カラヤンは楽器から美しい音を引き出す天才だといわれているが、声楽についてはどうだろう。
 レコード芸術1月号に「情熱の深化 デビュー50周年の地平」と題して、ホセ・カレーラス(テノール)のインタビューが載っていた。カレーラスもまたカラヤンから大きな影響を受けたという。カラヤンについてカレーラスは、「声、なかでもテノールの声について特別の愛着、こだわりを持っていた指揮者でした」「彼は歌手、そして声というものを心から愛していました。音楽の対する姿勢は極めて厳しいものがありましたが、それは締め付けるたぐいのものではなく、歌手の可能性をいったん評価したならば、その人の自由に歌わせてくれるというところがありました」といっている。歌手の内面性、個性、或いは尊厳の受容、肯定ということかと思う。

  楽器で情景、表情、感情まして思想を表すとなると極めて難しいこととなるだろう。成功するときしないときがありそうだ。オケなら、多様な性格の楽器を総動員させて、クリアするかもしれない。だが単独の楽器でとなると壁に突き当たりそう。しかし人の声なら。人の声こそ優れた楽器といわれる所以だ。いかに歌いこなすかはやはり技術もあるだろう。しかしその人の内面性を映し出すこともある。年末にはよく第九が演奏される。日本の第九の合唱と西欧のそれを聴いたときの決定的な違いは、日本の第九の合唱には神への畏敬、崇拝、謙遜さが足りないと思うのは私だけだろうか。やはりこれは、キリスト教土壌のない致し方のなさからだ。聖書の神はときとして「あなたはわたしの為に何をするのか? あなたはわたしの為に何を捨てるのか」と問う神なのだ。私のためにあれをしてください、これをしてくださいと願われる御利益的な神ではない。たとえば神というものを心底からどのように理解しているかが合唱に反映されてしまう。声はもっとも人間くさい楽器だということができそうだ。

 個人的にはソプラノが好きだ。グンドラ・ヤノヴィッツが耳にのこっている。第九の合唱になると、それまで閉じていたカラヤンの眼が開くのだが、ヤノヴィッツの声にカラヤンの眼にはうなずきと満足、敬虔な至福とが表れていた。カラヤンの商業的な一側面を厭う人々もあったが、彼は祈り深い人物でもあった。

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しずかな気分をベースに

 去年のクリスマス以降、ガツガツとした気分が無くなってしまった。人に負けたくないとか、是非にもこうしようああしなければという気負いが消えた。歳をとったのか、もちろんそれもある。もう一つは感情の凸凹が削られてなだらかになったようなのだ。方向性がいまいち見えてこないので、午前中は取りあえず読書に時間を注ぎこんだ。こんなふうにして先ず手短にできることをしずかな気持ちで焦らずに少しずつやってゆこう、そんな積み重ねの連続でゆこう。
 

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ユリヤ スタジオコンサート

 けさ玄関にきょうの無事を祈りつつ二男を見送り、またまたテレビのまえに。寝正月気分がまだどこかに残留している。

 スタジオコンサートだった。弾くはロシアの美少女ユリヤ・チャップリーナ。チャイコフスキーづくしだ。出だしがどうのこうのはどうでもいい、ただ無心に聴きいった。スタジオの音の吸収が感じられた。聴衆が見えないのも静かな味わいがある。自分一人がユリヤを聴いていると思いこむのも悪くはない。
 ユリヤは、「チャイコフスキーの曲には憂いがあり、そこが多くの人々に愛される理由なのだ」という。
 ピアノ人口はいったいどれぐらいだろう。ユリヤのように可能性、芸術的素質、情景的な音律感情表現がある
(「PTNAワンステップ上のピアノライフへ」参照)と太鼓判を押され、1997年ルツェルン国際コンクール第一位を皮切りに毎年のように数々の国際コンクール第一位を獲得、優秀な成績をおさめ、しかもフィンランドの清らかな情景に溶け込むようなロシア乙女の美しさもあるという幸運に恵まれたピアニストは少ないだろう。
 ピアニストをめざす数知れない乙女たちの熾烈なピアノの戦いの音が、ユリヤを遠巻きに熱く鳴っているような気がした。
 きょうのNHK-BS「クラッシク倶楽部」は05年11月に収録されたものだろう。
 04年には西本智実指揮でロシア・シンフォニー・オーケストラとラフマニノフのピアノ協奏曲2番を共演したらしい。智実&ユリヤ。実に素敵な組み合わせだ。

 さてその後は今年初の可燃ゴミを出しに。いつもの倍近い袋が積まれた集積所の近くの樹上にはすでにカラスが待機。

帰省客郷里にゴミを預け去る     ぶんな
呑み食いの証拠飲みこむ収集車   ぶんな

 

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寝正月

  去年は岩手・宮城内陸地震でたいへんでしたが、オリンピックを控えた中国での四川地震の7万人近い死者、1万7千人以上の行方不明者には度肝を抜かれました。そして金融危機に始まる100年に一度とも言われる世界同時不況はカウントダウンの最中にも冷酷さを維持続行。若干持ち直しても明日のことは分からない。地球丸が嵐を抜けるのはまだまだ先なのでしょうか。就任を控えたオバマさんにはいったいどんな布石が? イスラエルの扱いは? こうしている間にもパレスチナ自治区ガザの空爆、地上侵攻は続行中。すでに死者500人超。5日やっとライス国務長官が訪中をやめ対処に乗り出したらしい。

 こんな正月は海外旅行はおろか近場のプチ旅行もなく、初売りに出かける気分にもなれず、家族で半径10キロ以内の近場の温泉に出かけ、ただひたすら湯だけはぜいたくに浴び、大いに満足して無事家に帰り着けたことに感謝。ただただ優雅なニューイヤーコンサートもどこか白々しい。点けたテレビの笑点の、この世知辛い世にお笑いを創りだしてくれた有り難さは。腹を抱えて大笑い。というわけで、年末年始は近年になかったほどに家でゆったり寛ぎました。これっぽっちも景気を刺激する行動を取らなかったのは果たして良かったのかまずかったのか・・・。随分と福袋が売れたというのはほんとうでしょうか。

 30日の失業の人の事件。犯罪はどう考えても犯罪には違いない。けれど、
かつては善良な市民をこうも容易く犯罪者に仕立ててしまう巨悪とは何? どうやら巷で世間を騒がせる犯罪人に一回りも二回りも輪を掛けた悪辣な大悪党がいるらしい。

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この大地に新たなる一歩

  暁の北上の山々を背に
 ぎりぎりと凍てつく雪野
 にぶく影を落とす木々は
 寒さに歪み縮んでいるが
 枝先には
 硬い蕾が
 きっかりと春を見定め
 もうすでに
 時を数えはじめている

 
2009年よ、ようこそ!!
 
 
 
 
 
 

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