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2008年12月

88歳の母の顔は美しかった

  一年前のきょうだった。その日も顔が凍りついてしまうほどに寒かった。母が入院している病院に行かねばならない。バスを使うと乗り換えなどで時間を喰ってしまうので、すこし無謀とは思ったが自転車で病院に出かけた。家からは7、8キロといったところだろう。これからは寒さも増し加わる。毎日の通院が大変になると思いながら自転車をこいでいた。おそろしく寒かった。いつものように見舞い、また自転車を駆って帰宅した。間もなく病院から電話があり、「来てください」という。タクシーを飛ばした。
 母はその夜旅だった。わたしが、「あっ、母はいま体を抜けた」と思ってからしばらくして脈が曳き心停止となった。母が弟や兄夫婦とわたしの見守るなかで逝ったことにわたしは安堵していた。
 化粧を施された88歳の母の顔はとても美しかった。

 マーラーの「復活」最終楽章できょうを締めくくろう。

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雪の朝に

  デビッド・ジンマン&チューリッヒ・トーンハレのマーラー「復活」が鳴っている。昨年、ズデネク・マカル&チェコフィルによる「復活」をマリオスで聴いてからずいぶん時が経ってしまったような気がする。こうしてみると、あのときは曲の理解が浅かった。回を重ねて聴くたびにマーラーのすごさが分かってくる。定番の一つになりそうだ。

 今朝5時頃に起きだして玄関を開けると雪がちらついていた。7時になるいまも降りつづいている。大空から際限もなくしずかに舞い降りてくる雪。この下で冬眠をしない多くの生き物たちがいま眠りから醒めようとしているのだろう。

 ブログのあり方に迷いがある。これまでは何かを書ければそれでよい、つまりは自己満足のためのブログだった。いますぐに良い考えが湧くともおもわないが、書きながらでも模索していこう。

さて楽章の切れの良いところで朝食としよう。

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メリー・クリスマス!

   メリー・クリスマス!

主の民に、罪が赦され、
救われる道を教えるからだ。
これはみな、
ただ神の深いあわれみによることだ。
天の夜明けがいまおとずれようとしている。
              

                       聖書

 しずかな冬景色の夜明まえ、降誕をおもいつつバッハミサ曲クレドアリア「われは信ず、主なる聖霊、生命の与え主たつ者を」を聴く。

 豪華なクリスマス料理を食し豪華なプレゼントを受けるべきものは誰か。それはわたしではなく我われでもない。いにしえ東方の博士らが、そまつな布にくるまれ飼いば桶に入れられた生まれたばかりの赤子に差しだしたものは、金と乳香(香料の一種)と没薬(天然ゴムの樹脂で、古代の貴重な防腐剤)であった。

 カーテンをすかして白々と夜は明けたらしい。松の枝にも杉の枝にもヒバにも樅にもそして家々の屋根にも雪が。犬にひかれた小さな人影があるいてゆく。しずかなクリスマスだ。

「聖霊汝等に注がれるとき汝等力を受けん」

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たとえバラバを赦すとも

  ローリン・マゼール&ウィンフィルのマーラー「復活」がながれている。

 そとは真っ白な雪景色。くるぶしにとどくほどの高さの雪がタイヤ痕を刻んでいる。木々は雪を垂れたメルヘンのお化け。駐車場の車はふっかふっかの雪ぶとんをかぶり、鉄柵にはできたての綿あめがからまっている。薄ぐもりの中空には、ぎらつきもせずに、けれどもてかてかと光る太陽が地上一面の雪景色に対峙している。

 21日は教会ですごした。午前は礼拝。午後からは子どもたちによる影絵、手品、大人たちによる演奏があった。
 子どもたちの影絵の十字架を見ているうちに、数々の聖画が浮かび聴いたことのある宗教曲や賛美歌が思いだされた。しているうちに、影絵には三つの十字架が立てられた。ゴルゴタの丘だ。真ん中はイエス・キリスト。右と左には強盗が磔られた。イエスは午前9時に十字架につけられ午後3時頃に息を引きとった。ヨセフが取り降ろして亜麻布に包んだ。「ヨセフが取り降ろして」・・・イエスは打ち抜かれた手を先にはずされたろうか、それとも打ち抜かれた足を先にはずされたろうか・・・十字架を倒すときはどんなふうに倒しただろう・・・仰向けにかそれとも・・・そのときイエスの骸となった体の重みがずしっと感じられたのだ。これが今年のわたしに訪れたクリスマスだった。そしてこんなふうにわたしは想っていた。
「たとえバラバを赦すとも」

 どうやらマゼールが第2楽章を振りはじめたようだ。窓の中ほどにあった陽は屋根の際まで移り、風がときおり枝の雪を吹き散らしている。 

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やはり音楽雑記

音楽中心ブログにしようとするには決定的な壁がある。直接に演奏を聴く機会があまりに少ないことだ。

 生演奏を聴き、そのCDを手に入れて家に帰り早速聴いたところが、生演奏とのあまりの違いにショックを受けたことがある。録音技術がまずかった例だろう。逆もあり得るかもしれない。何れCDを聴いてすべてが分かるわけではない。今更取り立てていうことでもないが。
 フルトヴェングラーが名演奏だといわれる。聴いてみると確かに個人的にも芸術性の高さに納得させられる。しかしふだんヴェートーベンを聴くとなるとカラヤンかスクロヴァチェフスキー、ドヴォルザークならバーンスタインとなる。録音がきれいだからだ。
 音盤から聴くのは録音のレベルを聴くという側面があるともいえる。

 楽器についていえば、ヴァイオリン一つにしても、音の善し悪しはニスによる、いやカビだ、いや弦から胴に伝わる振動だ、ニスの量だ、漆がいい、材質だ等々諸説あるとしても、実際に工房まで出かけて確かめてみたことはない。それにしても1700年代にはもうヴァイオリンは完成したのだ。あとは追随、模倣、いかにしてそれを超えるかの試行錯誤を繰り返している。
 音の確認のためには、ストラディバリウスサミットコンサートは数少ない機会だった。名器のこととは別にベルリンフィル五重奏は実に素晴らしかった。室内楽はできるだけステージの近くで聴いた方が弦の微妙なニュアンスも受け取ることができる。

 直接に音楽を聴く機会を多く確保するのは、経済的にも時間的にも難しい。というわけで、今後も音楽雑記の域を出ることはなさそう。

 昨日図書館で世界の楽器をあたってみた。弦、管、打楽器ともに夥しい数だ。民族が弾く民族の楽器が紡ぎ出す音楽を聴きたいと願うこのごろである。

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主婦業に失業はない?

 経済には弱いが、こう毎日ビシビシと無情な数字を突きつけられてみると、投げ込まれた鉛は底知れない深みに沈む一方だ。米自動車大手3社が経営危機だ。破綻すれば58万人が失業するという。58万人、いったいどうやって・・・公的資金は注ぎ込まれるのか・・・屋台骨のでかいところは国が助ける。弱小は切り捨てられる。まじめに税金を払っていても公的な資金の恩恵を受けられるところ、受けられないところがある。これもまた何ということだろう。

 トヨタ減産週休3日に、東芝工場最大25日間休止等々、いまやこの類の情報には毎日事欠かない。岩手でも非正規社員が2000人職を失うという。うつ病の方々が増えている。これが底か、今が底かと思いきや一日たてばまた新たに困難な状況が生まれている。どこまでも容赦ない。 

 このような困難な中にクリスマスを迎えるのもまた意味のないことではないと信じる。

 不景気風の最中、昨年末亡くなった母の1周忌を先週の土曜日に済ませた。そちこちから集まった母の弟夫婦、従妹、息子、娘、孫。法要のあとは遺影とともに一同で一泊。このときばかりは経済破綻を遠ざけ、故人を思いだし語りあい、継いで浅田真央のフィギュアを観る。ハチャトウィリアンの「仮面舞踏会」に乗り見事な演技を見せてくれた18歳の天使。この冷え切った世に、切れの良い華麗な演技で明るい話題をくれた。『仮面舞踏会』 は終生浅田にこの大会での二度のトリプルアクセル成功を甦らせるだろう。

 はっと気づくと一瞬居眠りしていたようだ。米をといでいる夢をみていた。所在なさそうに待機させられているパソコン。どうやら夢の中でも主婦業には失業がなさそうだ。

 

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主よ来たりませ

 あるブログを訪問したところ、美しいクリスマスの背景になっていました。御降誕を待ち望むお心が伝わってきました。それに影響されこれまでずっと背景に無頓着だったのですが、思い切って変えてみました。
 きょうは(パソコン操作しているうちに、もう昨日になってしまいましたが)もっぱら掃除に費やしました。そして夜にはグスタフ・レオンハルトの「マタイ受難曲」の一部を聴きました。古楽器の素朴な感じ、そして飾らない音色が心にしみました。殉教した使徒たちの姿、舟越保武の「長崎26殉教者記念像」や「ゴルゴダ」が浮かびました。


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「和音」

 きのう「和音」の演奏発表会にでかけた。「和音」は盛岡生まれの小型琴だ。平成14年の岩手グラフによれば、従来の琴は高価で手に入りにくく、弦の調整や保管がむずかしく扱いにくい。そこで尺八の師範水原正さんと岩手木工センターが共同開発したのが「和音」。
 琴と同じ13本の弦。弦、琴柱も琴のもの。幅は琴と同じ27㌢。長さは琴の2分の1の90㌢。木製の調整つまみがついている。

 「和音」が開発されたとき、店先まで見にいったことがある。外から眺めただけだった。初めて聴く発表会だが第6回目だ。
 13:00~16:30という長さ。忙しかったので2時近くに行った。プログラム第一番は63台総出演での「六段の調べ」とわかった。聞き逃してしまい残念だった。壮観だったろうし、聴き応えもあったろう。

 「和音」ができた当初、いったいどの程度普及するのかと思った。
平成14年で年間800台の生産だった。現在どれぐらいかは分からない。
 今回ステージ上で多くの方々の懸命な合奏を聴いた。水原正さんの最前列中央での演奏の姿、後列に弾く奥様倶子さん、後進となられる方々がもうすでに備えられている姿が印象深かった。新しい楽器がすでにこれほどまでに受け入れられ楽しみとされていることに感慨を覚えた。

 昔琴を習ったことがある。弾けます、といえる腕ではないのだが、そのときを思い出すと、琴は持ち歩きがけっこう難儀だ。そこで先生が準備したお稽古用の琴で習うのが普通だったのではないか。家でも弾こうとすれば準備は大ごととなる。「和音」であれば取り扱いやすい。演奏会の帰りに受付の傍らに置かれた「和音」をつま弾いてみたが、とても親しみやすい。鳴らしたときになぜか「かわいい!」と思った。可愛い楽器なのだ。
 もしわたしが再び指に琴の爪をはめることがあるとしたら、こんどは「和音」を準備するだろう。

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ブログ

 このココログのブログは2007年9月から始めている。記録からするとどうも404回書いたようだ。2007年1月からの新風舎のブログでは101回。あわせて505回。ネット、著書からの引き写し、さもない詩歌などすべてを含めての数だ。ブログをやっていなければ書かなかったろう。纏めて一冊にする価値があるとは思わないが、備忘録程度にはなる。
 今年、50枚、100枚(400字詰めで)ものがないのが寂しい。しかしブログを毎日一行でも書けるのは楽しかった。それで自分を励まし、また、たまに篤志家からのコメントや訪問に励まされてきた。ありがたい。

 息子が就職で盛岡を去るときに残してくれたCD、DVDが身近にあるために、勢い聴く時間数が増え、音楽漫談が多くなった。音楽に興味をもつようになったきっかけである。成り行きの芋づる式ブログとなった。

 文はいつの間にかコチコチに。もともと硬質な感じが好きなのだが。これは芸術的な試行錯誤から発したのではなく、単純に頭が固くなったせいである。やわらか頭になれないままにクリスマスを迎え新年に突入することになるだろう。

 

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はじめに言葉ありき

 目覚めて真っ先に思ったのは、自分が人から神から何かほんの少しでも受ける価値のあるもの資格のあるものだろうか。
「無い」。
それがわたしを知るわたし自身から出た答えだ。

 今朝も5時起き。
主人からの言葉があった。
息子からの言葉があった。
そして聖書の言葉があった(浮かんだ)。
「わが恵汝に足れり」
意外だった。
わたしは何を言うべきか。
「汝はキリスト生ける神の子なり」

 松の枝に雪がうっすらと積もっている。幹と幹の間には駐車場に今日の新発を待つ車数台。気がつけば通り道を空けて白い車と赤い車が一台ずつ向かい合っている。
雲は多いが明るい青空がかいま見える。
 先ほど封を切ったフジ子ヘミングの1999年録音版CD。リスト、ショパン尽くしだ。ラ・カンパネラが流れ、愛の夢が流れ・・・流れ流れ流れて、いまは革命が鳴っている。

「はじめに言葉ありき
言葉は神と共にありき
言葉は神なりき」

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第77回日本音楽コンクール本選会作曲部門

 タイトルだけは物々しいのだが、過日、朝の慌ただしさの中で、電池切れのため少々狂った掛け時計があてにならず、時刻を確かめるためにスイッチオンしたテレビを観ると作曲部門の本選だった。

 まともに聴いたのは第一位の江原修「Les Fleaux」(レ・フレオ)。第三位、第二位は近頃はこんな傾向なのかと炊事をしながらの鑑賞だった。これをさらに追いかけ突き詰めたら音のない世界に迷い込みそうだ。実際某大学のコンサートで、どこを音楽と捉えたらよいのか、楽器を窒息させたような楽器の用い方を聴いたというよりは観たことがある。これまでにない斬新さ奇抜さ、意外性の追求と見えた。

 このコンクールは20代の作曲家たちなのだろう。若ければ大いに冒険を試行錯誤し、これまで到底考えられなかった音域を紡ぎ出すのも意味のないことではないかもしれない。

 ただそんな中でも江原修の作品は、某かの予兆がある。ピアノは鉱脈を瞬時に照らし出して駆け抜けゆくようであった。マリンバのバチでなぞるかの撫でるかの微妙な擦過音。管も弦もなべてさざ波のように響き合う。サードポジションの超音波に吸収されゆくのではないかとおもわせられる響き。鳴りたがる響きたがる弦の振幅をおいそれとはゆるさない。楽器がおおらかであることや感情の露出はうちなるところでのせめぎ合いに消える。聴いていてくるしくなった。ただそのような中にこめられた予兆のような響きに救われて聴き終えることができた。新たなものに到達しえたというよりは、いよいよ迷路に迷い込んでしまっているというのが、現代曲を聴いたときのわたしの実感である。

 たまにこのような音楽を聴くのも無駄ではないと思う。ただ同じ時間で音楽を聴くなら、普遍的なものを聴きたい。妄言ブログともなりかねないが、もう音楽といえる作品は出尽くしてしまったという感じがする。音楽をよく知らないのでこんな事も平気で書くことができる。或いは違っているかもしれない。

 話は文章のことになるが。無心になることがすべてに通じるのではないかと近頃思うようになった。できるかどうかは分からないが、無心になり自分の感性の凸凹を均し生かして透明度を高めたところに差し込んでくる何か。そんなものが一行でも書けたらと思うのだが・・・

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リンゴの箱詰め

 「きょう医者に行きたいんだが・・・」
 遠慮がちに舅が言った。腰痛がぶり返したのだ。舅は毎年リンゴを発送してきた。無精なわたしは、店に注文すれば送り状を書くだけで済むと内心思うのだが。舅自ら懇意にしている農家にリンゴを注文する。ネット、ダンボールなどを調達するのはわたしの役目。舅は従来手ずから詰めて荷造り、リンゴの他に菓子や手紙を入れて発送している。確かにこのやり方のほうが心がこもっている。受け取ったほうも嬉しいはずだ。近年もう舅がやるのは無理となった。わたしが代役となった。今年は主人も手伝った。

 もしリンゴをネットに入れるのを職業としていたなら・・・韓国のバス会社が運転手の走行の燃費をいちいち計算し表にしているのを思いだした。いかにも人の悪そうなー見かけだけでは判断できないというもののー社長が得々と利益を開陳していた。この作業がもし職業であったなら、何秒で一個ネットに入れられるかを測られることだってあり得る。どこまで手早くできるだろうか。勢い作業はスピードアップ。先にネットの底から手を入れて指を広げリンゴを受け止める。網を破らないようにここでは注意深く、ここでは可能な限り速く、と繰り返すうちに当初予測した時間の半分で箱詰めは終了。ダンボールの口をビッビッっとガムテープで閉じておいた。これで一息。

 ところが舅がそれにビニール紐をかけていたのだった。あっ、と思ったが、もう遅い。終わるところだった。できるだけ若い?ものたちに迷惑を掛けたくないのと、まだまだ自分でもできるというこれまでの自信からした事だ。一息入れずに紐かけもやってしまうべきだったと後悔した。

 腰痛はリンゴの紐かけが原因だ。翌日痛みが出、直接外科に行こうとしたが、先ずかかりつけの内科医に相談したいという。たまたま来訪したケアマネージャーもそうした方が良いというので取りあえずは掛かり付けに。ところが受診すると、「痛みがなくなった外科は要らない」というので帰宅。しかし翌日痛むというので外科へ。腰の写真を撮るなどして、湿布を貼って様子を看るようにと言い渡された。一旦は治ったかにみえたが一週間たった今朝痛み出した。外科を受診したところやはり湿布を貼って様子を看るようにとのことだった。介護上、見極めの難しさを思った。本人はもう痛くないといっても病院に連れて行くべき場合があるだろう。また逆に本人が行きたいといっても行く必要がない場合もあるかもしれない。ただこう高齢であると、連れて行かずに何かあったときには大変なことになる、と思うので、本人が行きたいと言ったときには連れて行くことにはしている。

 舅には常々「100歳までは絶対大丈夫」と言ってきたが、本人の為にも介護者のためにも健康を維持して貰いたい。維持できるような介助を、と思うがどうも優れた介護者にはなれそうにもない。何れ相手が90歳であってみれば、責任はこちら側にあるといえるだろう。

 

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ようこそ12月

 鳴かず飛ばずでいたところ、もう12月が窓に。「えっ、もう師走?ちょ、ちょっと待って」。押し戻そうとしたところが、もう颯爽と。こうなればまだ早い!と思っても歓迎するしかない。硝子戸をばっと開けて「ようこそ!」。

 頭を過ぎるのは年末の苦手な大掃除。「言葉」では片付かない大仕事。こうなればやはり数少ない持ち駒オッフェン・バックの「天国と地獄」の力を借りてタンターン、タカタカ、タンタン、タカタカとリズミカルに片付けてゆく他はなさそう。

 クリスマス商戦はすでに始まっているけれども、いざという気分にはならない。しかし世の景気はどうあれ、人の心境はどうあれ、人類への最大のプレゼントはイエス・キリスト。馬糞の匂いもしただろう、すきま風もあったろう、旅の途中の粗末な馬小屋。そこで、十分に食べていたはずもない、汗と埃にまみれ、肉体的には疲れ切った、しかし霊的な気力に支えられた一人の女性から生まれたのが、驚くなかれ神であるイエス・キリストだったのだ。状況をこのように言うことを冒涜とは思わない。神はむしろこのような状況を選ばれたのだ。

 アドベントが始まっている。


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