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球根掘り

 きのう一日球根掘りをした。予定はなかったのだが、近くの友人からホタルブクロの苗をたくさんいただき外回りに植えこんでいるうちに、天気もよいし、いまのうちにやってしまおうということに。

 ユリ、チューリップ、グラジオラスとどこの庭にも見られる花々。しかし春には明るく咲いてくれる。ありきたりのようだが心を和ませ楽しませてくれる。去年は植え替えをしなかった。掘り出してみると、一つの球根が三つに増えていたり。窮屈そうにくっついているのを、しずかに引き離すたびに手あしをのばして深呼吸する。いつのまにか球根のしたにはびこった笹の根も30センチ深さに掘って除いた。
 フジ子さんの母親がフジ子さんが土いじりをすると「百姓になるつもりか!」と怒ったという。「百姓で大いにけっこう!」。思わず悪態をついた。草の陰から大きなかたつむりが転がりでた。生きている。また草地にもどしておいた。
 見上げると青空の下にリンゴの木。まだ青いから食べられないだろうとばかり思っていた12個の実は鳥に深く抉られていた。落ちていた一つを拾いあげると傷口から甘い香りがする。フジとあったので手に入れたのだが、どこにもフジらしきところがない。この自然にまかせたリンゴの黒い星やいびつさ、大きさからして、出荷されるリンゴにどれほどの手間暇がかかっているかがわかる。来年はマニアル通りに手をかけてみよう。ブルーベリーのように木が2、3本あれば交配はうまくいくのかもしれないが、これ以上は増やせない。

 たおれかかったエニシダを倒れないように工夫をし、マダガスカルジャスミンを鉢にあげた。小さな花畑をスコップで掘り返し、太い根や枯葉を除いた。

 花々の美しさ、輝きの一とき。フジ子さんは長い長い孤独と貧しさがあった。一週間を砂糖水だけで暮らしたときも。しかし胸躍るときは来た。カラヤンにピアノを弾いてみなさいと言われる。しかし彼女は弾かないでしまう。バーンスタインとの出会い。好ましくない人格の音楽家もあるという。しかしバーンスタインは人間的にも素晴らしかったという。あとがない彼女はこのときは彼の前で弾く。そして認められる。だがすぐに聴力を失う。ピアノ教師を続ける中で再起を果たす。輝きのときにいっぱいに輝き、そして輝きつづけている。

 来年また咲くであろうたくさんの球根。チューリップの花と花のあいだに、むせるようなユリのかぐわしさに、色とりどりのグラジオラスの中に、あのラ・カンパネラがシャープの鐘の音を鳴り響かせそうな気がする。

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