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ヨーロッパ絵画展ー岩手県立美術館ー10/18~12/23

 何日かまえに、ヨーロッパ絵画展を観た。長坂コレクションとあった。長野県在住のコレクター長坂剛氏が30年にわたって蒐集したものらしい。自動車会社社長だ。
 錚々たるバロック絵画宗教画。おおらかで芳醇で色彩明暗ともに当時求められ受け入れられやすい聖書というフィルターをくぐらせた人間存在、生命の謳歌と見える。精巧さ見事さに圧倒されつつもあまりに短時間で数多くに接したためか、これら作品群を後にするときには少々疲れ食傷ぎみとなった。
 絵画鑑賞という観点からはすこしずれているのかもしれないが、一連にこんなのじゃない、という違和感を否めない。「こんなんじゃない、聖書とはこんなんじゃない」。そのとき浮かんだのは舟越保武の1989(平成元)年制作のブロンズ像「ゴルゴダ」だった。舟越の作品は他にも多くあるはずだが、なぜか「ゴルゴダ」が浮かんだ。人間世界の無情、悲哀、罪、業・・・人間の持つありとあらゆる負、暗闇を知った見てしまった、そしていまに至るもそれらすべてを知りつつしずかな眼差しを落としている。瞑目しているかにも見える。これこそ聖書の真理を語っている作品だと思われた。
 検索してみると舟越は1912年岩手県二戸郡一戸町小鳥谷に生まれている。わたしも小鳥谷生まれだ。自分が生まれた小鳥谷を、わたしは「小鳥谷からは何も出はしない」と思ってきたが、舟越がそうであったことに感慨を覚える。妙に嬉しい。
 絵画展に戻るが、バロックの世俗画ではアントニオ・ストムの「アーチのある港」に惹かれた。現実と空想からなる古典的な風景画だ。これで食傷気味だった芸術の胃袋がほっと一息ついた。
 近代絵画の肖像画ではセルゲイ・セミョーノヴィッチ・エゴルノフ「ピアノの側にいる女性」、ピョートル・クリロフ「赤い椅子に座る女性の肖像」のまえでは足が止まった。近頃は音楽でもロシア贔屓になっている。スラヴの血の強さ、的確さ、重さといった表れが精神に落ち着きをもたらしてくれるのだ。
 近代絵画の風景画の中ではノルウェーの作家ルートヴィッヒ・ムンテの「収穫」。ミレー系列だ。暮れゆく田園を背景に仕事を終えた農村の人々の姿が描かれている。心がしずかになってゆく。
 近代絵画の風俗画では「画廊のルートヴィヒ2世」が印象に残った。
 岩手を根城とするわたしにとっては、有り難い企画展だった。これだけ絵画を観ようとすればやはりそれなりの時間と出費を要する。わざわざ遠隔地に出向きもせずに、作品に対しては甚だ失礼ではあるけれども、有り難く機会を享受させていただいた。最後部分をもうすこしよく観ておきたかったが・・・
 閉幕までにまた機会を持ちたい。

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コメント

巡回企画展、眼福うらやましい
長坂コレクション、世俗画素敵なのが多いですね。といいながらまだ実物を見たことがありません
舟越先生、リハビリ後の作品は凄いと思います
神々しさというか、うーん
画集やカタログを観ると盛岡の懐かしい顔が浮かんできます
初台教会に行くと「十字架の道行」の額でイジワルケ顔にでくわしますが、ピエタでは盛岡の優しい顔がしっかりあります

投稿: 内丸育ち | 2008年11月21日 (金) 07時32分

内丸育ちさま
船越先生の彫刻には、内奧から輝きでるまさしく神々しさ、それを感じます。
それほど数多くは観ていませんが、宗教画にもさまざまな表情があるなと。
方々の教会に行く機会がおありのようですね。下谷教会ではぼちぼちガルニエオルガンも設置されたかと。
地方の教会の牧師先生方はほんとうに祈り深く歩んでおられます。これ以上足を引っ張るようなものになってはならないと切に思うこの頃です。

投稿: 中ぶんな | 2008年11月21日 (金) 20時56分

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