近衛秀麿ーベートーヴェン「田園」ー
ここにあるCDライブラリー目録を見ているうちに近衛秀麿が目に留まった。岩手との関係では岩手出身のバリトン歌手照井栄三がフランスから帰ったときに指揮を振るい照井の帰朝公演を飾ってくれている。
近衛秀麿&読売交響楽団 ベートーヴェン「田園」
第一、第二楽章を聞いた率直な感想は、実に慎ましく日本人的な奥ゆかしさを感じたことだ。第三楽章はあっ、いいところに来た!と思った矢先にトランペットが鳴り響くところで音が途切れてしまった。二回かけ直したが同じ状態なのであきらめ第四楽章に。大河の迸りを客観視するかに振りゆき、まさに音が溢れ出るかというところで冷徹な眼が明るく静かな旋律を慎重に奏ではじめる。ここでまた音が途切れてしまった。迷わず第五楽章へ。出だしは若干平板かなとも思う。録音状態の関係かもしれない。しかしその部分を抜けるとじっくりとした味わいのある響きとなる。
近衛秀麿(1898~1973)。明治に生まれ大正、昭和の初めに活躍した人と思っていたが昭和48年まで生きていたわけだ。
ウィキペディアによれば、NHKの放送終了時に流される「君が代」、オリンピックの表彰の国家に使われる「君が代」は、近衛秀麿の編曲らしい。正式なところでは近衛版というわけだ。ベートーヴェンの「第九」も編曲したようだが京大オーケストラ練習所の火災で焼失。なんという事だろう。意外だったのは「大洪水の前」を作曲しているがこれが何と作詞が有島武郎なのだ。洪水前といえば、聖書では正しいものが地に居なくなり神は怒られ洪水で地を滅ぼすことにするのだが、神の前に正しく歩んでいたノアとその家族だけは、ノアの箱舟に保護され救われたという。地が不正と暴虐に満ちたそのときが「大洪水の前」なのだ。有島がこの詩を創ったそのときの心情も興味深い。
近衛が立ち上げたオケは人に恵まれず、彼のあまりの人の良さが裏目裏目に出たようだ。人手に渡ってしまう。欧州で立ち上げたオケの中からは後年高名な教授、音楽家が出たようだが、ナチとの関連から災いを恐れ近衛のオケで育ったことをあまり公表しなかったらしい。一連の不運を千年貴族の悲喜劇というものもあるようだ。こうしてこの「田園」が遺されてあるのはせめてもの救いだ。
近衛秀麿の実弟近衛直麿は雅楽研究者だという。
山田耕筰全盛の大正15年6月、近衛と山田とで立ち上げた日本交響楽協会(N響の前身)から近衛は楽員約40人とともに脱退した事件があった。してみると近衛はウィキペディアから受けるような弱腰ばかりではないのだ。
このような背景を想いみながらもう一度近衛秀麿がのこしてくれた「田園」を聴いてみよう。
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