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主婦感覚

 「今晩8時から詩の朗読会があります。野の花の詩なんですけど」とお電話を頂いたとき、あっ行きたい!と思った。しかし次には待てよ、となる。20時から始まるとなると帰りは22時。しかも会場は巣子となれば、ちょっと無理だなあ。家人が同行する場合には堂々といくらでも遅く帰ってもよいと思う。主婦がひとりででかけるとなると家族に気がねしてしまう。強行突破はせいぜい年一回の近場の音楽会行き程度。程度といってもベルリンフィル五重奏はもうわたしにとっては一生を支配するほどの確かな弦の音。突破のし甲斐のある音楽会だった。こんどはフジ子ヘミング。これだって強行突破のし甲斐はあるだろう。だが待てよ、とやはりこうなる。家族の中で私一人がこんな贅沢をしてよいものだろうか。「ちょっと贅沢じゃない」と自らが質素倹約を旨とする主人。「断固反対」とは言わない。しかし若干の余地が残されているとしても、う~ん、ここは遠慮しておこう、とこういう結論に。正確には自分で自分にブレーキをかけている。実家の母は質素だった。60歳も過ぎてからやっと自分の着たい服を思いのままに買っていた。できるだけ無駄を省き慎ましく暮らしていた。それを見て育ったせいか、或いは、今現在を分相応にと思うせいか、事ごとにポッピングブレーキを効かせている。効かせすぎて安物買いを後で後悔することもある。これを総じて主婦感覚というかどうかは分からないが、私は一応そう括っている。
 そんなわけで、昨夜は「拝啓 フジ子ヘミングさま」と心の中でつぶやいていた。だいたい返事のこない手紙を書くのが好きだ。そう、いつも空想の中の人物に書いている。決して直接顔を合わせることのない空想の中の人々に。ヴェートーベンに書いたときも返事は来なかった。恐らくこんども来ないだろう。そういう命運にある。

 拝啓 フジ子ヘミングさま、あなたがこの2008年10月にベルリンフィルと共演されていたことをネットで知り驚いております。あの弦の音とともにピアノを演奏する幸福はどれほどのものだったでしょうか。今度盛岡にいらっしゃるときはモスクワ・フィルとですね。プログラムも拝見いたしました。
 あなたが、レナード・バーンスタインの支持と援助を受けてブルーノ・マデルナの専属となったとき、どんなに輝かしく誇らしい気持ちだったかが分かります。あなたは華々しい成功者でした。それだけに風邪がもとで耳が聞こえなくなった時の絶望、苦悩、葛藤はどれほどのものであったか。いまは左耳が40パーセントは回復されていらっしゃるとか。
 わたしが貴方様を偉大なピアニストだと思うのは、マデルナやバーンスタインを感動させたことよりも、逆境から立ち上がり1998年4月上野奏楽堂で奇跡の再起を果たしたことです。絶望からも立ち上がれるという望みを人々に与えたことです。翌年発売のCD「奇跡のカンパネラ」は54万枚を売り上げたそうですね。凄いことです。
 盛岡でのコンサートには残念ながらはせ参じることはできません。というのは迂闊にもベルリン・フィルに走ってしまったため、音楽予算が底を突いたのです。ほんとうに残念です。翌年以降いらっしゃると聞きつけたときには優先的に駆け付けます。今回は我慢です。
 モスクワ・フィルとの演奏も11月中に東京、青森、岩手、山形、静岡、福島と6箇所も。どうかお疲れが出ませんように。特に風邪を召されませんように願っております。来盛当日は自宅にてフジ子さまの弾く姿を浮かべながら、フジ子さまのCDに耳を傾けたく思います。
 それでは一連のステージの成功を心から祈りつつ失礼いたします。       早々

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コメント

こんにちは、返事の来ない手紙、感動しました。心の動きは人には見えぬもの、見せぬもの。それでも、山あり谷あり。
山も谷もなくても、行く道には大きな石ころがころがっていたりもします。
”出来る女”ならば、それらを鮮やかに爽やかに乗り越えるのでしょうけれど、
主婦はそれらをやっと、ヨタヨタ乗り越えます。
共感部分がたくさんありました。全て心の中の事ですが、心の中は、なんと豊かなんでしょうか。人には見えない素晴らしさですね。

それを時々垣間見せる事のできるネット
便利で救いでもあります。
想いを届けてくれて ありがとう!

投稿: 紫湖 | 2008年10月30日 (木) 03時57分

紫湖さま
訪問有難うございます。
フジ子さんが人のために頑張ったとは思いません。或いはそれがあったとしても、とにかく自分が再起を図りたいその一念だったかと思います。あのパラリンピックメダリストの大井さんも「人に勝つことより自分に勝つこと」と言ってました。とにかくひたすらに努力する頑張る姿が感動を呼び、人をも生かすことになるのですね。ほんとうにすごい人たちがいるものだと思います。
訪問有難うございました。

投稿: 中ぶんな | 2008年10月30日 (木) 08時39分

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