母の指輪
母の死より二ヶ月前、脳梗塞で右半身不随となり、言語を失ったとき、手にむくみが来れば外せなくなるという看護師さんの判断で、弟が指輪をはずしました。弟が、あなたに預けるのがふさわしい、といって私に預けました。大きな翡翠の指輪です。父に嫁ぐときに持ってきたのでした。母が持っているアクセサリーのうちでは最も、というより、これだけが宝石としての価値のあるものでした。それ以上に、母はこれを一番気に入っていたということです。入浴のときも洗濯のときも調理のときも外したことがありません。
小康にはいったとき、母はよく、きっちりと五本指をそろえた左手を、仰向く顔に近づけてじっと見つめるのでした。最初はどうして手を翳すのかが分かりませんでした。が、とっさに、あっ、指輪だ、と気づきました。指輪が無いというよりも、いつもとは何かが違っているがはて何だったか、といった認識だったと思います。母は耳が遠いので、大声で「必ず元気になるから、そうなったらまた嵌めましょ。なくさないように、ちゃんとしまってあるからね」。母が手を翳すたびにそう繰り返しました。内心、母がお棺に入るときには、指に嵌めなければならない、そう思っていました。
しかしその日が来て、お棺に貴金属を入れてはならないことが分かりました。
後日兄弟の総意で、私が指輪を受けることになりました。母が指を見ている姿が思い出されました。この指輪をいったい誰に渡したなら、母がもっとも喜ぶかを考えました。そういえば、孫ほど可愛いものはない、そうか、孫、弔辞を読んでくれた孫、その子に渡そう。四十九日に。私はそう決めたのでした。
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