天に近い丘
そう、葛巻で酪農に従事しているTさんに会ったのは、盛岡の日赤病院が、まだ内丸にあった昭和60年の1月のことだった。あの冬も雪の日が多くてね。夜に窓から見ると、青い信号、赤い信号がぼうっとなるくらい大きな雪がもそもそと降ってたの。向いの裁判所の建物ももうかき消えそうだった。
ニュースの時間になると、決まってラジオにスイッチを入れたのがTさん。6人部屋に連日流れたのはグリコ・森永事件。「かい人21面相」が菓子に青酸ソーダを入れるとメーカーを脅迫した劇場型犯罪だったの。結露が流れる窓硝子の向こうに降る雪。
おばちゃんは長男を産んだばかりだった。産後の経過が思わしくなく、Tさんが代わって用足しをしてくれたりもしたのね。要するにとてもお世話になったわけなの。おばちゃんが治るまでには、結局もう一回手術しなければなりませんでした。それはともかく、その間に、Tさんが、葛巻で牛を飼っている話をしてくれて、そのときTさんがベッドの枕元まで持ってきていたA新聞の切り抜きを見せてくれたの。それで、北上山系開発の一環としての酪農を希望して牛を飼っているのだと知ったの。
そのあとTさんが女の子を出産。そのときは虚弱児ということで、Tさんは深く悩むこととなったの。Tさんは、牛を飼う仕事で、「働きすぎた、もっと休んでおけば良かった」といったのね。いまでこそその子は立派に成長を遂げたんだけど、そのときは、そうでした。それで、おばちゃんは、いつか遠い将来書く機会が訪れたら、このことを是非書きたいなと思ったの。
それから一年後、葛巻に行って、Tさんのところに泊めてもらったことがあります。
牛舎の隣のプールから汲み取った屎尿を、高原の草地に散布する光景はなかなかに見ごたえがありました。干し草をほぐすときにわんわんとあがる埃も面白かったし、牛舎を駆け回る鶏や犬、それに仔うしがとても可愛かった。
あの高原は、やっぱりおばちゃんは、天にいちばん近いところだという気がする。牛を飼う人たちの苦労の汗が染みこんだ、いつも透明な風が吹いている、いちばん天の星に近いところだという気がする。
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