母の手
小康といえるだろうか
麻痺した右手は
死んだように白いシーツに
まるで腕は腕で
生命体とつながりながらも
別物のようだ
この右の手は
洗濯機がなかった時代を知っている
盥に洗濯板を傾けて
固形石けんで
ごしごしと衣類を洗った手だ
左手が所在なさそうに
何かをつかみたそうに
宙を泳いでいる
両の手は
ガス台がなくても
竈で火を焚き
飯を炊いた昔を知っている
デコレーションケーキが珍しかった時代
料理講習会にでかけ
天火でカステラを焼き
ホイップを泡立てては
真っ白にカステラを塗っていた手
真っ赤なトマトやナス
ひげもじゃらのとうもろこしを穫り入れた手
父兄会の日
数少ないブラウスをやっと決め
ボタンをかけていた指
何枚ものセーターを編んだ指
何枚ものスカートやズボンや上着を縫った手
遠くに出た子どもを案じ
苦手な手紙をつづった手
父が病院で突然息を引き取ったとき
焦りながらそちこちにダイヤルを回した指先
いまは
その右の手は動かず
その左手は
どこか遠いところをさまよっている
07/11/1(木)
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