パイプオルガン
なんていい天気。いまはね、生け垣のアオキ、ヒバ、サツキが、みな日を浴びて輝いてる。白っぽい茶色だったモクレンやモミジのあの葉っぱまでが、活き活きとしてるの。その理由はね、おひさまいっぱいで、樹木たちが喜んでいるだけじゃないの。いま、あのパイプオルガンがいっぱいに響きわたっていてね、そう、パイプオルガンが、どんなに脈を打って、どっくどっくと血をゆきわたらせてくれる楽器か、それはもう、ちょっとだけ眼をつむって、ちょっとだけ、端っこを聞いてみただけで分かるの。
響く開口いちばんは、低音が、あの腹の底にまで、魂のおくにまで、岩にまで染みとおっていく低音が、暗いくらい土の中に眠るモグラやみみずまでを優しく揺り起こして、ああ、いまは、この小さな生き物たちまでが、何やら分からず霊妙さにうたれて、ちいさな頭を地上にむけて、天の光を受けようと、てのひらを、いっぱいに開いている。
フーガが鳴れば、そちこちの仲間たちが、そう、もう冬越しをしようと、住まいまでを整えた虫たちなのだけれど、仲間がなかまたちをさそって、これから葉を落とそうとする寂しさの坩堝にいる夥しい木々を誘って、細やかにタクトを振り、さざ波を青く青く響かせるうちに、力を落とした枝先や幹までが動きだし、湖面にざらざらと漂う幾万の宝石をすくい上げ、パイプオルガンも野太く力強い腕の先に開く指先をすぼめて、石の光をすくい上げ、樹木という樹木に注ぎかけると、いっせいにアレグロに輝き揺れはじめたの。
頑なに我を通す古木までが、ほら、あんなに楽しそうに、口ずさんでいる。遠い昔を懐かしみながら、沢山のたくさんの温かな情景を思いだしながら。
岩が泣き、砦が笑み、鋼のつやさえもおだやかに優しくなる。
ピアニッシモ。フォルテ。ピアニッシモ。フォルテ。スフォルツァンド。
天よりくだり、地をめぐり、地のことごとくに染みとおる。
鍵盤を小刻みに鋭く大胆に行き来する指。地中に踏み入れるかにたしかに鍵をふみこむ足。縦横無尽、天地に境目なく、大気のことごとくを霊妙に震わせるパイプオルガン。
2007年10月6日(土)
朝10時の照りかえる日のなかで
光のパイプオルガンを聴きながら
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