キンモクセイ
植木市で一昨年手に入れたキンモクセイが、いま、庭いっぱいに香りを。
これは、おばちゃんの叔母ちゃんのものがたり。おばちゃんの叔母ちゃんは、いま、東京の多摩霊園の共同墓地に眠っています。叔母ちゃんの埋葬式に駆けつけたとき、黒服に包まれた老人施設の関係の方たちが、ずらっと並んでいました。その中に平服の、施設にお世話になっている方々が、ぽつぽつといらっしゃいました。おばちゃんは、端っこに、おばちゃんの姉と座りました。
施設にお世話になっている方々は、色々な理由で、身寄りがない方々が多いの。叔母ちゃんは、おばちゃんの母さんが、叔母ちゃんにイーハトーヴの家に戻ってくるように、と説得したにもかかわらず、東京に一生独身の一人暮らし。世話になる施設も自分で決め、そしてお骨になったあとの事まで、自分で決めたのでした。
お骨が次つぎに、堂に納められて。
読経があり、ご焼香が。順々に進みゆくご焼香の方々の中でも、施設に身を置く方々の祈る姿は、おばちゃんの眼にいたく染みました。この施設の中で、余生を、いざこざもあったかもしれないけれど、いたわり合って、同じ釜の飯を食べ、同じ屋根の下で寝起きをともにしてきたのでしょう。
祈る背中は、「○○さん、待っててください、もうじき行きます」とおっしゃっているようでした。
頑なに独りを選んだ叔母ちゃんが、どんなにこれまで、施設の職員に世話になり、施設の方々に温められ励まされてきたかに、叔母ちゃんは、初めて気づいたのでした。
いちばん、いちばん、心からの祈りを捧げてくれたお世話になっている方々に、感謝の思いが湧きました。
叔母ちゃんがガンの末期だと知ったのは、もう死の直前。職員に、誰にも知らせてくれるなと、頼んでいたそうです。
叔母ちゃんが、高校生だったおばちゃんに、函館からの土産だといって貰った、イエスを抱いたマリア像を見ていたとき、音信不通になっているこの叔母ちゃんに、いったい自分は何をしたことがあるだろうかと、思い切って電話をしたところが、もう最期の数日間だと分かったのでした。
手紙を書いたり電話をしたり。行くことが出来なかったので、東京の姉に電話をかけて行って貰いました。最期までおばちゃんの手紙を読んでいてくれたそうです。
頑なに訪問を拒否し続け、人生を友人と、友人に先立たれてからは、独りで、生き抜いた叔母ちゃんでした。その一生を見ると、多くの兄弟の中で、いちばん立派に生きた叔母ちゃんでした。その叔母ちゃんが、多摩霊園のお堂に納められました。いっぱい涙がでました。
そのとき、霊園いっぱいに甘やかな芳香が満ちていたのですが、それがキンモクセイの香りだったのです。それでおばちゃんは、叔母ちゃんの思い出にクンモクセイを求め、庭に植えたのでした。
いま庭中によい香りが満ちています。
2007ねん10月6日(土)
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