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2007年10月

きょうも誰かが

kyou  mo  dareka  ga  umare    kyou  mo  dareka  ga  satte  yukunoka

焦点の定まらぬ眼を
ときおりどこか知らないところに這わせな
がら
息をしている

  小さく小さく
  大
きく
  小さく小さく
  大きく
  
たまに息が立ち消える
  
・・・・・
  
また息がもどる
  
小さく小さく小さく
点滴は音もなく
  
ぽつり・ぽつり・ぽつり

もっと光がほしいのに
なんというきょうの天気

くすんだ緑色の川
その川縁のはたけにがんばっていた
赤いダリヤや黄色い菊も
濡れそぼち
深まる秋に抗おうにも
もう力が萎えそうなありさまだったけれど

虚弱児だったわたしを抱きかかえ
ビタミン剤をふくませている母の姿が浮かぶ

母はいまどこを歩き
何をみているのだろうか

たまに穏やかな笑みが浮かび
ときおり苦しげに眉間にしわを寄せる
死の力が
万力のように頭蓋をしめつけているのだろうか
それとも
辛かったときを思いだしているのだろうか

苦しげな母の額をそっとなで
宙を泳がせる母の
人工透析のシャントでジンジンと鳴る

やせ細った左手を
やわらかくそっと握る


kyou  mo dareka  ga  umare    kyou  mo  dareka  ga  satte  yukunoka

                            07/10/29(月)

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命って

 

命ってふしぎです。おばちゃんの母が、脳梗塞です。主治医が言いました。
「あわせたい人がいたら連絡してください」
一日目は、おばちゃんが夜通し付き添いました。
二日目は、H市の弟が
三日目は、千葉県から駆けつけた弟が
四日目は、M市の兄が一晩中見守りました。
おばちゃんは夕べ、焦点が定まらない母の手を握りながら、歌を歌って聞かせてみました。もしかして、真っ暗闇の中にいて、どんなに寂しかろう、怖かろうと思ったからです。「丘を越えて」、や「赤いリンゴ」のような昔流行った歌や、おばちゃんが実家に居たときに、壊れかけたオルガンでよく弾いていた「我が魂を愛するイエスよ」とか、「主よみもとに近づかん」とかを次ぎつぎに。焦点が一点を見ているようでした。わかっているようにみえました。けれども、まだ混迷が続いています。
脳梗塞が、呼吸器を支配する部分にかかってくるとまずいのです。
生きています。
いま生きています。
9時に間に合ってまた病院へいきます。
命って、たとえ何歳になっても、その価値が変わるものだとはとても思えません。
いま生きている命に感謝します。

                      07/10/29(月)

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気にしない気にしない

 きょうはどんなふうに過ごしたの? 嫌なことはなかった? ああ、そう、友だちのことね。仲間はずれになっちゃた? 
 うん、こういうことって、なにもあなたが特別じゃなくて、よくあることなの。大人になっても、年をとっても。 仲間はずれになったときは、もう世界中が自分を拒否してる感じがして、世の中真っ暗と思っちゃうけれど、考えてみると、世界の人口は66億4千万になりそうかな? その中のたった一人か二人が自分を拒否してるだけのこと。それも、案外とるにたらない理由でね。
気にしない気にしない。おばちゃんも、そんなことあったよ。
 たった一人か二人、そう、あとの66億人は、(こうしてるまにも人口は秒単位で増えてるんだけど)、
みんなあなたの味方だから。
 ただね、ものは考えよう、で済まないときには、信頼できる先生や、テレフォン相談や、友人に相談すれば、きっと解決の糸口がつかめるよ。それから、新たに何かスポーツクラブや趣味のクラブに参加して、新しい人間関係の中にはいることもできるよね。

 

                                 07/10/25()

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柳沢まで

 おばちゃんは午後、バイクで柳沢のSさんの家まで行ってきました。お見舞いです。ライディングなどというかっこいいものではありません。たまたま天気がよくて、とにかく風を浴びたかったからです。

 バックミラーに後続の車を確かめながら、明るい黄色のカラマツを後ろに後ろに送ります。街路樹を次々に背中で送りながら、秋の澄み切ったちょっと冷たく研ぎ澄まされた空気を切り進むのです。風がぼーぼーと鳴ります。道ばたに落ちた栗の毬が口を空けてこぼした実や、実になりきれなかった扁平な実を幾つも幾つも弾いては繁みに飛ばし、松の木に絡みつき、上から下まで真っ赤に紅葉した蔦の葉を眼の端に惜しみながら、真っ青に晴れ上がった空に、くっきりと、どっしりと、すらりと、しゃれた曲線を描く岩手山にどんどん向い、近づいてゆくのです。遙か彼方に細く見える路をたぐり、引き寄せ引き寄せゆくのです。


Sさんの家に着くと、大きな栗の木が、いっぱいに枝葉を広げて、栗の毬が頭上高く、あっちにも、こっちにも、そこにも、ここにも。はにかみながら、吹き込む風に、怪訝そうに、栗の実を、遠慮がちに落としていました。そのむこうに、Sさんが、割烹着姿で、ちょっと涙目の笑みを明るくして、近づいてゆくおばちゃんを見守ってくれていました。

                          07/10/24(水)
            初冠雪が溶けかけた岩手山を見上げながら                        

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眼が…

病院に入院中の母から電話がかかってきました。「眼がみえなくなってきているから眼科に行きたい」。ヘレン・ケラーやヴェートーヴェンの失明が頭をかすめ、びっくりして駆けつけてみると、緊急度は、それほどでもなく、看護師さんにきいてみると、「先ず主治医の先生の許可が。午後にならないと。眼科行きはあさってになるのでは」ということでした。食事を終えるのを見届けて、帰りに買い物をし、2時半には帰宅しました。

岩手山をみると、たしかに今日は好天であるため、はっきりすっきりしているのですが、この目が見える有り難さを思いながら見ると、また一段と美しく映ったことでした。

                              

                                       07/10/23 (火)
                              
美しい岩手山を見た午後に

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誰のもの?

Pa160019

 火曜日、おばちゃんの弟が、おばあちゃんと一緒に八幡平に連れていってくれました。おばあちゃんに紅葉を見せたいという目的が、いつの間にか、何としても姉貴にいい写真を撮らせてやりたい、になっていました。いつも介護をしているおばちゃんへの感謝の気持ちだったみたいね。

 湖に針葉樹が逆さまに映っていたり、雲のへりが鋼(はがね)のように鈍く光っていたり、山々は、ほんとうはまだこんなに暗くはないのだけれど、雲のあいだからは、まっしぐらに光が伸びていて、それはもう夢中でした。
 ただ、ここだ! という極めつけを撮ることはできませんでした。停めて!というには危なすぎたからです。対向車がくると危険でした。


 
けれども今になって、思いました。最高の美しさを切り取らずに良かったと。最高の美しさは、絶対者である神が切り取るであろうと。

                                          
07/10/19(金)
                     夜に雨だれの音を聞きながら





 

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点検

Pa140007

 けさキンモクセイを見たら、もうしおれて、香りもなくなっていました。これは、キンモクセイが、まだ元気だったころ、「ここにいるよ、ここにいるよ」って、小さな可愛らしい花から、香りを放ってくれていたときの写真です。「ありがとう」の気持ちからアップしたの。ところが、「わたし、こんなにぼやけてません」って、ブーイングが。ちょっとだけがまんして貰うことにしました。

 おばちゃんは、きょう病院へ行ってきました。ほら、車にも、点検とか車検とかあるでしょう。それです。エンジンの回転数は? バンパーはへこんでない? マフラーは腐ってない? オイルは汚れてない? ブレーキの遊びは? で、結果は、異常なし。頭のネジが一本ゆるんでて、どうしてもキッチリとならないらしいけど、それは、まあ、年式が古いから仕方ないでしょ、だって。ということで、一応異常なし、でした。
 さあ、おもいっきり走ろう! とおもったけれど、何しろガソリンが高くて高くて。「満タン!」と言いたかったけれど、小さな声で、「10リットル」と言ったあとで、はたと、声はもっと小さくなり「
5リットル、5リットルね」になっていました。

 07/10/19(金)
 












 

 

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秋の夕暮れに

Pa160020 Pa160020_2

     きょうの戦いは終わりました

    勝っても負けたのかもしれません
    負けても勝ったのかもしれません

    生きていても死んでいる感じがしたり
    死んでいる感じがしても生きている

    いまはただ傷を洗い
    やわらかな布をあて

    しずかに目をとじて
    深くふかく眠りましょう

    世のざわめきははるか彼方

      骸のような虚心には
    うるおす地底湖の一滴一滴が

             
     
  07/10/16(火) 母と弟とともに八幡平にて

 

 

 

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秋の日に

Pa160012
Pa160012_6

 はっとして振りかえると、あの日輝いていた夏が、まるでからくり時計の窓から、ほんのちょっとだけ顔をだすように、秋をみて、すぐに引っこみました。いまは秋。冬はまだ、あのはるか山の向こうに。さす日に、傾いた山峡に彩づく草々が光っています。
 すすきは、さわさわと薄められた青を掃き、ドングリは枯葉のうえで大あくび。ほうきのきのこは魔法をとなえ、真っ赤な木の実は梢にぱらぱらと唱う。
 秋はいまそこに。秋はいまここに。

                
07/10/16(火).網張
                    母と弟とともに


                    

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わかっているよ

 サトウ・ハチロー記念館のお母さんの詩コンクールがあったよね。あっ、あなたも出したの? じつは、おばちゃんもこっそり出しました。ところがね、ら・く・せ・ん、でした。審査員の先生の目にとまったかどうかも、あ・や・し・い。もしかすると下選の段階で、3行と読まれもせずに、はいまたね、だったかも。だけどいいの。おばちゃんの母さんへの気持ちが、それで価値半減したわけじゃないもんね。そこで、その落選した詩を、「はい、これです」、って書いてみることにしました。

  
         
 わかっているよ母さん

    老眼鏡を鼻にして
    しきりに活字を
追っているけれど
    それでもよくは見えないらしい

    「まんづ、は、見ねぐなったもんだ」

    わかってる
    真夜中にふと眼をさましたら
    真っ白なわたしのセーターの細かな編み目を
    毎晩すくっていたものね

    玄関で声をかけたら
    テレビをがんがん鳴らして
    こたつで居眠りしている母さん
    ちょんちよんと肩をつついたら
    とろりと眼をあけて
    「なして、こっただに、聞けなぐなったんだが」
    わかってる
    枝豆やトウモロコシをいっぱい食べさせたくて
    かたい土に
    汗を流し流し鍬を打ち込んでいたよね
    耳もいっしょに疲れたんだよ

    脚がすっかり細ってしまい
    すぐにぐらりとよろけてしまう母さん
    「何だってこっただに情げなぐなったんだが」
    そんなことはないさ
    いなかに住んでいたころ
    家計のやりくりのために
    まだ暗い林にはいって
    枯枝をのっちりと集めては
    たき付けにしていたよね
    わかってる
    どんなに重たかったか
    どんなに疲れていたか
    いつだって家族のために生きてきたよね
    みんなみんな
    わかっているよ


            
 07年10月17日(水)
                    玉砂利に静かな樹木の影が

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どこへ行くの?

Ca390004写真アップ。初めて。車の中から(musuko ga )携帯で撮りました。
道に木陰が落ちています。
踏んで、また踏んで、たくさんの木陰を踏んでゆきます。
この道は、どこに続いているのでしょう。

 そう、あの白い雲とあの青い空まで一直線にのびているのです。
そこからはもう、青く透明なドームを縦横無尽に駆けるだけ
です。

       07、10、14(日)

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5・7・5 ってやってみない?

またたかぬ のさとりよ 濡れ落葉

まもるもの ありてさす 栗の毬(いが)

星死して 星のまれて 秋夜長

ハロウィンの 眼にゆれて 蝋(ろう)の燃ゆ

大海も 知りたる鮭の 骸(むくろ)かな


    hiekonda  kono  mayonakani
 
haiku  wo 5ku  yondemimasita

                2007nen10gatu14kka
                    ni  natte  simaimasita

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みんな仲良し?

 おばちゃんの友だちSさんが話してくれた通りに書きます。
「わたしね、5,6歳のころ、満州にいたことがあるの。黒竜江省の近くだったとおもうけど、色々な国の子どもたちがいっしょに遊んでて」
「どうして言葉がつうじたの?」
「誰もお互いの国の言葉なんてしらなかったけど、どういう訳か通じていて、いっしょに縄跳びしたりして」
「どこどこの国の子たちだったの?」
「ロシア人のこども、中国人のこども、韓国人もいた気がする、それに日本人」
 おばちゃんは、四つの国の子どもたちが、あの広大な中国の地で、コーリャン畑や夕陽を背景に、無邪気に笑い転げながら遊んでいる光景を思い浮かべたの。そして思った。おばちゃんは、いま世界政治がどうなってるかなんて、考えたこともない、だけど、ほんとうの平和って、大人も子どもも、こんなふうにあることが平和なんじゃないかなって。


 おばちゃんも、ちいさいころ、近所の人に「あのこは、○○人の子だから遊んじゃ駄目」と言われたことがあります。どうして駄目なのか、そのときはわかりませんでした。遊びにいくと、揚げたての天ぷらやインドりんごを自分の子どもたちと同じように分けてくれました。こうやって食べるんだ、といって、りんごを柱に打ち付けて柔らかくして食べた楽しい思い出があります。そこのお母さんが、私に何かをくれるときに、必ず、「お家には言わないで」と釘を刺すのでした。おばちゃんはそれを守ってましたけど、それもどうしてか分かりませんでした。

 大人になってから、あれは人種差別だってわかりました。
差別感を吹き込むのは、いつでも大人たちだって分かりました。それが色々な争いにもつながっていくんだって。
 Sさんの語ってくれた風景、これこそが、本来あるべき姿なのだと、Sさんの話は、教えてくれたのね。


               
2007年10月13日(土)
                 近くに工事現場の音を聞きながら

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木枯らしは鳴るけれど

 葡萄の木が二本。片方の葡萄は、ほとんど蜂にあげちゃいました。もう片方の木には、まだ房が十ばかり。穫ろうと見ると、蜂がとまったまま動けないでいたの。寒さのためね。ちょっと葡萄を揺らしたら、弱々しそうに脚を動かして。もう蜂も動けないほど冷え込むように。
 街路樹や近くの杜や林や、そちこちの庭の木の葉の色づきぐあいばかりを見て秋の深まりを感じていたのだけれど、小さな生き物にも刻々と冬が訪れようとしている。動かない蜂をみたあと、しばらく悪寒がきたように手が震えました。
 そういえば、冬がきたときの準備をしていなかった、と。

 いまヴィヴァルディの四季の冬が、凍てつき尖って、木枯らしを鳴らしたみたい。秋の空洞の五線譜に、無機的な幾つかの音符が落葉をおいこし、落葉においこされながら、かわき転がってゆく。
 ストーブのまきがあれば火を燃やせるけれど、まだそんなしたくもなくて、こうして昼にむかうあたたかな日差しをまっている。そうあたたかな日ざしはいつでも誰にでもやってきてくれる。疲れていても悲しんでいても病んでいても傷ついていても、きっとやってきてくれるの。

                
 2007年10月13日(土)
                     
 
明かりの窓辺で

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さあてっと

 もう23時10分はやく書かないと、きょうの日記じゃなくなっちゃうね。といってから、思い浮かんだのは、石英、貝、くまと浮かび、やっぱりクマしかないかな、と。つらつら考えて、だんまりしたりしているうちに、やややや、あと、10分で0時だ。そうしたら、「おばちゃん、朝寝坊してるんじゃないの?」なんていう心配が聞こえたような気がしたり。大丈夫です。昨日は3時半、今朝は4時には起きました。

キンモクセイの香りを毎日かぎながら、香りって不思議だなって。
 いったい何処からただよってくるのかわからない、どこにその存在があるのかは分からなくとも、香りをたどって、存在を確かめたくなる。
 この町内に、それは見事なキンモクセイのあるお宅が。おばちゃんは、知らないときは、いったいどこだろうとそれとなく探していたら、ある日、その家が分かって。近くを通るたびに、うるわしい気分に。
 
花や香水の香りもいいけど、人の
香りというのもあるよね。ピュアなエッセンスが立ち上っているような感じとか。

キンモクセイの香りをびんかなんかに入れたいというTさんに、ひと枝お届けしました。

なんだかんだと言いつつ、きょうも気づいたら、キンモクセイの話になっちゃってました。

あーあ、まわりに良い香りを放つ人になりたいな。だけど、いまだに××のおばちゃんです。

ちょっと分裂ぎみなままで、きょうはおしまいです。

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和服着たことある?

 きょうね、とある呉服店さんの店先に30分ばかりおじゃましました。ここのお嬢さんが、息子と同級生なのです。いつも洋服のお母さんが、(この方随筆も書くのだけれど)きょうは和服。普段着のように着こなしているのが、とっても落ち着いた感じ。この忙しい時代には、かえってこんな和服姿が、ぽっと、ゆったりと時間が流れているときに出くわしたみたいでいいね。
 この呉服店さんは、世界に向かって発信してるのね。それで、考えたら、考えなくてもだけど、世界にも通じるものって、和服なんだろうなと。日本を代表する和服だけれど、このお店には、盛岡にしかない帯というのもあるのね。絵柄が盛岡の風景なのね。おばちゃんの家に、外人のお客さんがきたら、和服を着て、こんな「盛岡ですよ」という帯をしめておもてなしをしたら、どんなに奥ゆかしいかな、とか、もし芥川賞を取ったら、こんな
盛岡の風景の和服を着ていこう、なんて思ったんだけど、
だけど、だけど
そうこれは夢。おばちゃんはドンキホーテなの。外人のお客様がきたとしても、どうしょ、着る服、どうしょ、何つくればいいの、あーん何言ってるか、わっかんなーい、という感じだし、芥川賞も取れっこない。せいぜい取れたとしても、「頑張ったで賞」とか、「無理で賞」とか「やめま賞」とかになっちゃいそう。

でもほら、
だけはね。今を楽しくしてくれるから。

              
2007年10月8日(月)

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こんな事もあったけ

 

先週、書き落としてしまったこと。
近くの方が、町内会のお仕事で忙しい中、油絵の展覧会(喫茶まま)企画やら案内の葉書の作成やら作品の搬入やらで忙しい中、おばちゃんの手が荒れているというので、薄い手袋を持ってきてくださいました。厚めの手袋をしたりしなかったりでいたおばちゃんは、しっかりと、この手袋を愛用し、かなり、手が治りました。それから、この方は、絵の描き方の本を3冊も貸してくれました。習おうと思って行ってみた絵画教室は、新聞にバーンと載ったらしく、希望者が殺到。有望そうなあまたの方々に圧倒され、ちょっと小心のおばちゃんは、やはり自分で描いてみることにしたのです。

ところが、画材を広げるスペースがなかなか。でも、とりあえずは描きたいキンモクセイもありますしね。キンモクセイを描くと、多摩に眠る叔母ちゃんが喜んでくれそうな気がしています。今夕も、ほんとうによい香りがしていました。
 本を貸してくださった方は、何と、裸婦を描いているのです。おばちゃんも大昔に、一回だけ描いたことがあります。人体の各部位に、どのように凹凸を出すか、とっても難しかったです。
 さあて、草花の事始めは、いつになることやら。キンモクセイができるだけ長く咲いてくれることを祈りながら。

                
2007年10月7日(日)
                 ちょっと冷えたけれど、暖かな秋晴れでした
 

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キンモクセイ

 

植木市で一昨年手に入れたキンモクセイが、いま、庭いっぱいに香りを。
これは、おばちゃんの叔母ちゃんのものがたり。おばちゃんの叔母ちゃんは、いま、東京の多摩霊園の共同墓地に眠っています。叔母ちゃんの埋葬式に駆けつけたとき、黒服に包まれた老人施設の関係の方たちが、ずらっと並んでいました。その中に平服の、施設にお世話になっている方々が、ぽつぽつといらっしゃいました。おばちゃんは、端っこに、おばちゃんの姉と座りました。

 施設にお世話になっている方々は、色々な理由で、身寄りがない方々が多いの。叔母ちゃんは、おばちゃんの母さんが、叔母ちゃんにイーハトーヴの家に戻ってくるように、と説得したにもかかわらず、東京に一生独身の一人暮らし。世話になる施設も自分で決め、そしてお骨になったあとの事まで、自分で決めたのでした。

 お骨が次つぎに、堂に納められて。
読経があり、ご焼香が。順々に進みゆくご焼香の方々の中でも、施設に身を置く方々の祈る姿は、おばちゃんの眼にいたく染みました。この施設の中で、余生を、いざこざもあったかもしれないけれど、いたわり合って、同じ釜の飯を食べ、同じ屋根の下で寝起きをともにしてきたのでしょう。
 祈る背中は、「○○さん、待っててください、もうじき行きます」とおっしゃっているようでした。
 頑なに独りを選んだ叔母ちゃんが、どんなにこれまで、施設の職員に世話になり、施設の方々に温められ励まされてきたかに、叔母ちゃんは、初めて気づいたのでした。
 いちばん、いちばん、心からの祈りを捧げてくれたお世話になっている方々に、感謝の思いが湧きました。

叔母ちゃんがガンの末期だと知ったのは、もう死の直前。職員に、誰にも知らせてくれるなと、頼んでいたそうです。

叔母ちゃんが、高校生だったおばちゃんに、函館からの土産だといって貰った、イエスを抱いたマリア像を見ていたとき、音信不通になっているこの叔母ちゃんに、いったい自分は何をしたことがあるだろうかと、思い切って電話をしたところが、もう最期の数日間だと分かったのでした。
手紙を書いたり電話をしたり。行くことが出来なかったので、東京の姉に電話をかけて行って貰いました。最期までおばちゃんの手紙を読んでいてくれたそうです。

頑なに訪問を拒否し続け、人生を友人と、友人に先立たれてからは、独りで、生き抜いた叔母ちゃんでした。その一生を見ると、多くの兄弟の中で、いちばん立派に生きた叔母ちゃんでした。その叔母ちゃんが、多摩霊園のお堂に納められました。いっぱい涙がでました。

そのとき、霊園いっぱいに甘やかな芳香が満ちていたのですが、それがキンモクセイの香りだったのです。それでおばちゃんは、叔母ちゃんの思い出にクンモクセイを求め、庭に植えたのでした。
いま庭中によい香りが満ちています。
                
 2007ねん10月6日(土)

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パイプオルガン

 なんていい天気。いまはね、生け垣のアオキ、ヒバ、サツキが、みな日を浴びて輝いてる。白っぽい茶色だったモクレンやモミジのあの葉っぱまでが、活き活きとしてるの。その理由はね、おひさまいっぱいで、樹木たちが喜んでいるだけじゃないの。いま、あのパイプオルガンがいっぱいに響きわたっていてね、そう、パイプオルガンが、どんなに脈を打って、どっくどっくと血をゆきわたらせてくれる楽器か、それはもう、ちょっとだけ眼をつむって、ちょっとだけ、端っこを聞いてみただけで分かるの。

 響く開口いちばんは、低音が、あの腹の底にまで、魂のおくにまで、岩にまで染みとおっていく低音が、暗いくらい土の中に眠るモグラやみみずまでを優しく揺り起こして、ああ、いまは、この小さな生き物たちまでが、何やら分からず霊妙さにうたれて、ちいさな頭を地上にむけて、天の光を受けようと、てのひらを、いっぱいに開いている。

 フーガが鳴れば、そちこちの仲間たちが、そう、もう冬越しをしようと、住まいまでを整えた虫たちなのだけれど、仲間がなかまたちをさそって、これから葉を落とそうとする寂しさの坩堝にいる夥しい木々を誘って、細やかにタクトを振り、さざ波を青く青く響かせるうちに、力を落とした枝先や幹までが動きだし、湖面にざらざらと漂う幾万の宝石をすくい上げ、パイプオルガンも野太く力強い腕の先に開く指先をすぼめて、石の光をすくい上げ、樹木という樹木に注ぎかけると、いっせいにアレグロに輝き揺れはじめたの。
 
 頑なに我を通す古木までが、ほら、あんなに楽しそうに、口ずさんでいる。遠い昔を懐かしみながら、沢山のたくさんの温かな情景を思いだしながら。

 岩が泣き、砦が笑み、鋼のつやさえもおだやかに優しくなる。

ピアニッシモ。フォルテ。ピアニッシモ。フォルテ。スフォルツァンド。

 天よりくだり、地をめぐり、地のことごとくに染みとおる。

 鍵盤を小刻みに鋭く大胆に行き来する指。地中に踏み入れるかにたしかに鍵をふみこむ足。縦横無尽、天地に境目なく、大気のことごとくを霊妙に震わせるパイプオルガン。


                   
2007年10月6日(土)
                 朝10時の照りかえる日のなかで
                   光のパイプオルガンを聴きながら

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笑ってる?

 画面も、めいっぱい明るくしちゃった。
笑ってる? あなたの笑顔は、どんな笑顔? おばちゃんの笑顔は、うん、ちょっと鏡に聞いてみよう。
「鏡よ鏡、世界で一番笑顔がすてきなのは、だれ?」
聞いててね、きっと、おばちゃんです、っていってくれるかも。
そうしたら、なんと、
「それは、お答えできません。だって、正直にいったらこわいもん」
        ガク、ガクッ   シュン
ほんというと、おばちゃん、笑顔に自信はありません。
それにしても、笑顔って、その人を明るくするだけじゃなくて、まわりをも明るくしてくれる。明るい人がいるだけで、もう、そちこちに灯りがいっぱい点いたようなもの。


 ただね、このごろ気づいたんだけど、笑顔にもいろいろあるのね。ある銀行で、行員さんが、にこにこと「ありがとうございました」と言ってくれたので、おばちゃんは、すっかり良い気分ですたすたと出口に向いました。振り返らなきゃよかったんだけど、あんまりきれいな行員さんだったから、つい振り返っちゃったのね。そうしたら、なんと、笑顔はかき消えて、ふん、という顔に。疲れてたのかもね。一日中どのお客さんにも笑顔を向けるって、ちょっとしんどいかもね。おばちゃんが、いい気分になった笑顔は、結局、営業用だったわけね。コンビニ、美容院、デパート、近頃は病院までが、笑顔のサービス。ほんとうにご苦労様、有難う。

 あとは、こんな笑顔も。悲しいから笑う、苦しいから笑う。かなりつらいよね。
おばちゃんもね、ほんとは、暗いと思われたくないから笑ってたときもあったの。ところでね、幕末、新撰組っていうのがあったでしょ。怖ろしいから笑う、悲しいから笑う、だから、眼は笑っていない。これは、死と隣り合わせの笑い。悲愴だよね。だけど今の世にも、そんな笑いがありそう。


 じゃ、ほんとうの笑いって?
先日、井上ひさしがTVに出て言ってたよね。
「悲しい苦しい、は作らなくてもある。面白いは、作らないと」
これは小説とか脚本のことだけど、ヒントはありそう。

ほんとうの笑いも、もしかしたら作り出すものかもしれない。といってもね、落語家さんやピエロさんのようなわけにはね。
 ほんとうに心が潤っていないと、ほんとうの笑顔は出てこないかも。先ずは自分を充実させること、自分の心を潤すこと、なのかなあ、どう思う?
それと温かい気持ちを持つこと、思いやり、愛情。ここからなのかなあ、どう思う? おばちゃんも、ほんとうは、教えてもらいたいの。 


         
2007年10月5日(金)

         油絵のように流れていた雫石川を思い出しながら 

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今朝は3時に目が覚めて

 

いま5時50分。新聞配達のバイクが、朝です、と通り過ぎてゆきました。でも外はまだ静か。今朝は3時に眼がさめました。本を読んで4時半に起きました。モクレンの葉っぱや、モミジの葉っぱの所々が、変に白っぽい茶色です。だけど、いったんは、咲くのを今年はおしまい、にしたはずのサルスベリにまた蕾が。
 さあて、きょうは、どんな一日が?

                2007年10月4日(木)  6時

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お宝

この家に引っ越したときにね、入りきれない荷物がたくさんありました。ほんというとね、絵もちょっとは描いていたことがあったの。画材だけのこして、処分。図鑑類も、すこしはあったんだけど、たぶんもう見ないだろうと、昆虫図鑑やら、きのこの図鑑やら、これもまた処分しちゃったわけ。
だいぶ減らした荷物を眺めて、な~んだ、人が暮らしていくには、たったこれだけあれば生きていけるって、一大発見した気分だったの。それはその通りだったんだけど・・・・・

 
おばちゃんのところにも、色々な虫がいるの。ミミズから蜂から、蝶から、ウマオイから何から。
 おばちゃんには、高価な宝石はありませ~ん。ゴージャスな家具もありませ~ん。グッチのバックもありませ~ん。
 だけど、だけど、すっごい宝物、これぞ宝、そう、たくさんの小さな生き物というお宝があったのです。バクテリアまでを数えるのは無理としても、この敷地内で、いったい何種類の生き物と仲良く暮らしているのか、数えたくなったのね。ところが、ところが、あれっ、この蜂の名前は?たしかスズメバチ、あれっ、この木の枝みたいな幼虫は?あれ、このゲンゴロウの小型みたいな甲虫は?と思っても、ほら、図鑑に、もういいです、お疲れ様って、サヨナラしちゃったでしょ。だから、これほどのお宝を持ちながら、これは、はい、なになにです、って財産目録に書き込めないでいるの。せっかく、あるぞー、って自慢したいのにね。


 ネット検索するとね、たしかに、いっぱい、いっぱい出てきて、あ~、もう、何が何だかわっかんな~い!というのがおばちゃんなんだけど、これが、しっかりわかってる人も、世の中には、い・る・の。
 だけど、そこは、ほらおばちゃん流で、ね。いつかほんとうにお宝目録にずらーっと、並べてみたいな。すっごい数だよ、きっと。すっごい数って星の数?うん、そうかもね。

秋の夜長のコーラスは
  
 ri-n     ri-n      korokoro      korokoro

             gatyagatya   sui-tyon    sui-tyon


誰か、これを作曲してみない?トライアングル、ピッコロ、鈴、ヴァイオリンと楽器は、もう今や遅しと構えています。

    
ri-n   ri-n    korokoro   korokoro
                gatyagatya       sui-tyon    sui-tyon


  
秋の夜長、椅子を並べて、小っちゃな小っちゃなコンサートの始まりです。今夜は指揮者に、カマキリさんをお呼びしました。カマキリさん、どーぞ。
              
                      
 2007年10月3日(水)


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今日の日もありがとう

 あと5分で0時に。書いてるうちに新しい日になりそう。きょうはもう書けないな、と思ったんだけど、おばちゃんのところに居た2日が、とっても残念そうな顔になっちゃったので、眠いけど、ちょっとだけ頑張ってみることに。
 朝にゴミを出しに行ったら、もう
カラスが突いて、中のゴミを引っ張り出していたのね。このカラスは、いつもこの界隈の高い木にとまって、この町内を偵察してる気配です。それから近くのおばちゃんとすこしだけ話して。介護のことでした。コスモスがきれいだと言ってくれたので、飾りたいと言ってくれたので、3本貰っていただきました。それから小屋のまえにたまったダンボールをおりたたみ、片付けをしました。こんな感じで午前は終わり。

午後は、いつもお世話になっている、隣の町内の呉服店の奥様が来訪。色々なお話を伺いました。そのあとは、病院入院中のおばあちゃんを、まあ、おばちゃんも、もうおばあちゃんだけど、いまは、ほら、90までも活躍下さる方が居るお陰で、ね、おばちゃんで許して貰ってます。病院からの帰りの
夕焼けこれが素晴らしかったですね。走行中だったんですけど、これを見ずして何を見る、というわけで、思わず、バイクを停めて、しばらく見入りました。くっきりと焼き付いてます。雑木林を透かして、静かな確かな存在感でした。

 それから買い物をして「たったいま帰ったところです」と帰宅。
今日の一つ一つ、すべてに感謝。
今日、おばちゃんの前に立ち現れてくれた一日よありがとう。

                      
2007年10月2日分を
                          10月3日に書き終える 
 

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えっ、もう10月?

 おばちゃんとこの人形が、「10月、衣替え、ハロウィンでーす」だって。もう10月。速いなー、まだあれも、これもやってないのに。うーん、また何だか年とっちゃうみたいだし、って一瞬おもったけど、よくよく考えても、考えなくても、時は、いつもチッ、チッ、チッ、チッって、ほんとうに冷静に、淡々と、準々と流れてるのね。こんな楽しいときは、もっとゆっくり流れて、とか、こんな苦しいときは、もっと速く過ぎちゃって、と思うのは、人の勝手、カラスの勝手なわけなのね。そう考えたら、よーし、自然な時の流れに合わせてっと、と思ったら、ずいぶんと焦る気持ちが消えました。

 時間って不思議。人によって様々な形、状態にあるんだけど、一人も、一匹も、一本の名もない草も、みんな同じ条件で刻々、刻々と流れる、表現はあまり良くないんだけど、ベルトコンベアーに乗ってる気分になりました。
 「時間よ止まれ」といっても、その言ってる間にもチッ、チッ、チッ、チッ・・・・・

 永遠に休日も休憩も休息もないのが時間。夜も昼も眠らない。それでもちっとも疲れない。考えれば考えるほど、誰にもどうにもならなくて、どうにかしようと思えば、誰もが気が狂いそうになる。百万言を弄しても抗えない専制君主。どれほどの武器弾薬を注ぎこんでも落とせない難攻不落の城。不思議な不思議な時間という絶対者。 
  何だか気が遠くなりそう。

  あららら、10月がなぜか時間の話に。
                      
                  2007年10月1日(月)

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