2026/02/01 聖日礼拝 説教 インマヌエル秋田・盛岡キリスト教会(兼牧) 神谷光一牧師
『聞いたとき~泣き~悲しみ~祈った』 ネヘミヤ記 1章1節~2章8節
(説教題をクリックしてお聞きください)
1 ハカルヤの子ネヘミヤのことば。第二十年のキスレウの月に、私がスサの城にいたときであった。
2 私の兄弟の一人ハナニが、ユダから来た数人の者と一緒にやって来た。私は、捕囚されずに残された逃れの者であるユダヤ人たちについて、またエルサレムのことについて、彼らに尋ねた。
3 彼らは私に答えた。「あの州で捕囚を生き残った者たちは、大きな困難と恥辱の中にあります。そのうえ、エルサレムの城壁は崩され、その門は火で焼き払われたままです。」
4 このことばを聞いたとき、私は座り込んで泣き、数日の間嘆き悲しみ、断食して天の神の前に祈った。
5 「ああ、天の神、主よ。大いなる恐るべき神よ。主を愛し、主の命令を守る者に対して、契約を守り、恵みを下さる方よ。
6 どうか、あなたの耳を傾け、あなたの目を開いて、このしもべの祈りを聞いてください。私は今、あなたのしもべイスラエルの子らのために、昼も夜も御前に祈り、私たちがあなたに対して犯した、イスラエルの子らの罪を告白しています。まことに、私も私の父の家も罪を犯しました。
7 私たちはあなたに対して非常に悪いことをして、あなたのしもべモーセにお命じになった、命令も掟も定めも守りませんでした。
8どうか、あなたのしもべモーセにお命じになったことばを思い起こしてください。『あなたがたが信頼を裏切るなら、わたしはあなたがたを諸国民の間に散らす。
9 あなたがたがわたしに立ち返り、わたしの命令を守り行うなら、たとえ、あなたがたのうちの散らされた者が天の果てにいても、わたしは彼らをそこから集め、わたしの名を住まわせるためにわたしが選んだ場所に連れて来る』
10 これらの者たちこそ、あなたがその偉大な力と力強い御手をもって贖い出された、あなたのしもべ、あなたの民です。
11 ああ、主よ。どうかこのしもべの祈りと、喜んであなたの名を恐れるあなたのしもべたちの祈りに耳を傾けてください。どうか今日、このしもべに幸いを見させ、この人の前で、あわれみを受けさせてくださいますように。」そのとき、私は王の献酌官であった。
1 アルタクセルクセス王の第二十年のニサンの月に、王の前にぶどう酒が出されたとき、私はぶどう酒を取り、王に差し上げた。それまで、私は王の前で気持ちが沈んでいたことはなかった。
2 すると、王は私に言った。「病気でもなさそうなのに、なぜ、そのように沈んだ顔をしているのか。きっと心に悲しみがあるに違いない。」私は非常に恐れて、
3 王に言った。「王よ。永遠に生きられますように。私の先祖の墓がある都が廃墟となり、その門が火で焼き尽くされているというのに、どうして沈んだ顔をしないでいられるでしょうか。」
4 王は私に言った。「では、何を望んでいるのか。」私は天の神に祈ってから、
5 王に答えた。「もし王が良しとされ、このしもベにご好意をいただけますなら、私をユダの地、私の先祖の墓のある都へ遣わして、それを再建させてください。」
6 王は私に言った。王妃もそばに座っていた。「旅はどのくらいかかるのか。いつ戻って来るのか。」王はこれを良しとして、私を遣わしてくださることになり、私は予定を伝えた。
7また私は王にこう言った。「もしも王様がよろしければ、ユダに着くまで私が通行できるように、ユーフラテス川西方の総督たちへの手紙をいただけるでしょうか。
8 そして、宮の城門の梁を置くため、また、あの都の城壁と私が入る家のために木材をもらえるように、王家の園の管理人アサフへの手紙もお願いします。」わが神の恵みの御手が私の上にあったので、王はそれをかなえてくださった。
【神谷牧師による説教の要約】
ネヘミヤが城壁の崩されたエルサレムの都のことを聞いて泣き、悲しみ、そして祈る中で、自分たちに与えられている、神の約束による罪のさばきと回復へと思いが至り、心には城壁再建への具体的な思いが与えられた。
そうしたネヘミヤの祈りは、単なる心の思いに留まることなく、献酌官として王の前にその願いを申し述べる機会が与えられたことで、形を取って進み始める。
私たちの心の悲しみや痛みを神に祈ることは、その状況を神が見ておられるように見、心を通わせることにつながり、それは具体的な行動となり、見える形となって実現してゆく。
時に心を揺り動かす思いを、祈りの中で申し述べてゆきたい。
<ブログ管理人のひとりごと>
教会でお花の係がある。S姉が「冬の間は私がやるから」と私の分を担ってくださった。感謝して安心して代わっていただいている。25日の朝の雪かきのときも二、三人の方が言ってくださった「無理しなくていいからもう休んでて」。そしてきょうひさしぶりに川柳が一句できた「労わられいたわられて知るおのが齢」。みなさまの温かさに、じ~ん、だけどちょっと待って、わたしそこまで弱っちゃってる?とはいうものの齢を認めざるを得ない自分を発見。
スマホから何とか画像を取り込もうとしたが設定がうまくいかない。そんな操作も昔は速やかだった主人もしばし戸惑い「M兄に電話しよう」。パソコントラブルのお助けマンだ。この道路状況だし悪いかな~といいつつ連絡。「いいですよ」。ボランティアで来てくださった。感謝、感謝。こうして日々の感謝が尽きない。
こんな時にわたしがやるべきことは、ここは大丈夫?こっちの部屋は散らかってない?奥の隅っこに埃はないかしらん。心の中にある幾つもの部屋の扉をあけては、チェック、チェック。ちゃんと十字架のイエスさまに心が向いてるかしらん。向かせないようにする何かが散らかっていないかをチェック、チェック。崩れかけた、壊れかけた城壁がないかをチェック。
今晩は昼間に孫と遊び楽しく過ごしたけれど、夕方4時から昼寝?でぐっすり。気づけばいつもの夕食時も過ぎて7時に目覚め、電気炊飯器では時間がかかると急遽圧力釜で炊飯。何とか7時半には夕餉に着く。まずまずのスピード感。そしてこのページに取り掛かり、ふとPC右下を見るとすでに22時13分。昼寝はしてもやっぱり眠い。
雪道は歩きにくい。疲れる。けれどもこの雪の白さ、美しさは!
そうそう、2月1日には、月一回盛岡に来てくださる神谷牧師夫妻がいらっしゃった。朝早く秋田からクルマでいらしたのだ。この日いらっしゃった新しい来会者の方が、美津子先生と来会者の友人の3人で談笑している姿に心が揺れ涙がにじんだ。わけはわからないけれども、心が動かされたのだ。
この日はA兄姉が皆様のためにカレーを作ってくださった。ホアグラ、キャビア、トリュフがあるわけではない。しかしこの美味しさ楽しさはなんだろう。何々がなければ、何々がなければ、と思わずともキリストここにあれば、何がなくても、カレーも、M姉、K姉が添えてくださった野菜料理は極上のグルメとなるのです。
インマヌエル秋田キリスト教会 https://localplace.jp/t100303888/
インマヌエル盛岡キリスト教会 https://sites.google.com/view/igm-morioka/
⏰22時32分更新



















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